御曹司は偽婚約者を独占したい
乾燥が終わったら、一番にブラをつけよう……。
そんなことを考えながらドライヤーまで借りて髪を乾かした私は、脱衣所を出るとスリッパを履き、リビングへと向かった。
「あ……」
リビングに繋がる扉を開けた瞬間、鼻先を掠めたのはコーヒー豆の芳醇な香りだった。
それに一瞬、目を見張った私は改めて、近衛さんの姿を探す。
──いた。
「すみません。お風呂、ありがとうございました」
「……ああ、早かったな。もっとゆっくり入ってきても良かったのに」
キッチンに立っていた彼は、私の姿を目に入れるとフッと顔を綻ばせた。
彼も服を着替えたのか、白シャツに薄手のロングカーディガンを羽織っていた。
いつものスーツ姿のときの近衛さんは隙がなく、どこか近寄りがたい雰囲気なのに、今はとてもラフな装いだ。
それが自分が今、彼のプライベートな領域にいることを意識させ、余計に胸が高鳴ってしまう。
彼の香りに包まれた服を着て、彼を前にしたら、どうしようもなく落ち着かなかった。
ブラをしていないせいで胸元がスースーするのも原因だろう。
けれど一番はやっぱり、近衛さんが魅力的すぎるせいだと思う。