御曹司は偽婚約者を独占したい
「良い子に待ってろ。すぐ戻る」
言葉と同時に私の髪を撫でた近衛さんは、目を細めて柔らかに笑った。
──ああ、また。近衛さんは、ズルいです。
優しいことを言われて、愛でるように撫でられたら、待たないという選択肢は浮かんでこない。
私を待たせることなんて、彼からすればなんのメリットもないことだとわかっているのに。
「……本当に、待っていてもいいんですか?」
おずおずと尋ねると、近衛さんは小さく笑った。
「おかしな質問だな。俺が待っていろと言ったんだろう? むしろ、せっかくの休日なのに、こちらの仕事を挟んで申し訳ないくらいだ」
そう言うと、近衛さんは再び私の髪を優しく撫でた。
その手があまりに温かいから、もうどうにも胸の高鳴りは静まりそうにない。
「なにか不審なことがあったら、すぐに通報するか周りに助けを求めろ」
「俺もすぐに駆けつける」と言い添えて、近衛さんは私を向かいのコーヒーショップまで送ってくれた。
そして、わざわざお財布から一万円札を取り出すと、有無を言わさず私に握らせ、颯爽と表通りに戻っていった。
身体を包み込むのはコーヒーの芳醇な香りと、彼が纏っていた甘い残り香だ。