【短編】ホワイトデーには花束を、オレンジデーには甘いキスを(三人称)
佳織は布団を鼻まで上げ、隠れるようにして課長の背中を見つめた。キーボードが鳴らすカタカタという音が耳に心地いい。
それはきっと憧れているひとが出している音だから。そのキーボードが奏でる音に佳織はゆっくりと目を閉じる。

(あれ……)

なり続けていたキーを叩く音がやんだ。その代わりに聞こえてきたのは絨毯をこする音。さらさらとした足音がだんだんとこちらに近づいてくる。

(課長、こっちに来てる?)

佳織は反射的に目を閉じた。寝ているふりをしているのがなんとなく気が引けたから。その足音は佳織のすぐそばで止まり、今度はほんのりと温かい空気が漂ってくる。


「真船……いや、佳織」

(え……?)

佳織はすぐそばで囁かれた声にどきりとした。いつもは名字で呼ばれるのに下の名前だった。

「……なんて。下の名を呼び捨てにしたら嫌われるてしまうのかな」

そのすぐ後で額に温かいものがふれた。ちゅ。

(キス……? いま額にキス、された?)

思わず目を開ける佳織。
目の前には課長の顔。

佳織が起きていることに気が付いて、課長は目を見開いた。
なんて声をかけていいのかわからない。それは課長も同様だった。
ふたりで目を合わせたまま、動けずにいる。

(どうしよう。単純にうれしいけれど、でもこれって……)

聞こえるのはエアコンの風の音と、自分の心臓の鼓動の音。

最初に声を出したのは課長だった。


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