【短編】ホワイトデーには花束を、オレンジデーには甘いキスを(三人称)

課長に促され、今夜はプールに入ることにした。もちろん佳織は抵抗した。好きな人の目の前で水着になるなどとんでもない。けれど課長は、競泳用のスイムウェアなど学生のジャージと一緒で興味はないと断言し、佳織を説き伏せた。しぶしぶ佳織は了承し、貸出用の水着に着替えた。

幸い、プールの利用者は佳織と真佐課長以外にはひとりだけ。真ん中のコースで課長はすでに泳いでいる。大きく腕を振り、すいすいというよりはぐいぐいと水の中を進む。あっという間にゴールし、ひゅるりとターンして来たコースをもどる。自由自在に水の中を遊ぶイルカのようだった。

佳織も隣のコースに入り、軽く平泳ぎをした。水泳は嫌いではない。習ったことはないけれども相応には泳げる。しかし水にもてあそばれ、ひらひらと蝶が舞うように泳ぐ佳織は鈍い。そんな佳織を課長は一瞥をくれることなく追い抜いていく。佳織は水着になるのを抵抗していた自分が恥ずかしくなった。こうして泳いでいると水着姿など見えないし、そんなことを気にする風でもない課長の姿に。

2往復もすると佳織は疲れて、プールの中で壁に寄りかかった。ゴーグルをはずして水面を見つめる。

動きを止めると、つい、思い出してしまう。萌絵の冷たい態度、そして真佐課長への実らない想い。
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