【短編】ホワイトデーには花束を、オレンジデーには甘いキスを(三人称)
天井から降り注ぐライトが水面に反射してまぶしい。目を細めると目尻から涙が零れ落ちた。泣いてもしょうがないのに、そう思うけれど涙が止まらない。
真佐課長は佳織の様子がおかしいことに気づき、佳織のそばまで来ると泳ぐのをやめた。佳織は慌てて手の甲で水尻を拭く。
課長はコースロープをくぐり、佳織のそばに立つ。課長は長身だ。佳織の目の前にあるのはたくましい彼の肩、男性的な首筋と鎖骨。少し荒い息づかいに合わせて胸と肩が動く。あまりの視覚的な刺激に思わず目を逸らせた。

「疲れたか? 大丈夫か?」
「はい、さすがに。走ったあとで泳ぐのは。課長、タフですね。あんなに仕事したあとで走って泳いで」

ドキドキと自分の心臓の音がする。いつの間にかほかの利用者はいなくなっていた。広いプールにふたりきり。それが佳織の緊張に拍車をかけた。何を話していいのかわからない。ただ黙っているだけだ。

「どうした? 泣いてるのか?」
「いえ。プールの水が染みたみたいで」

泣いてるなんて課長に知られたくない。佳織はとっさにうそをついた。
< 20 / 34 >

この作品をシェア

pagetop