【短編】ホワイトデーには花束を、オレンジデーには甘いキスを(三人称)
どうしていいか分からず、佳織は動けずにいた。目の前には端正な真佐課長の顔。ただいつもと違うのは、困ったような表情を浮かべていること。それとほんの少し、頬が赤い。

(課長……?)

佳織は課長の真意を知りたくて、教えてもらいたくて、彼の瞳を見つめる。でも課長は変わらず佳織を見つめるだけだ。ふたりは見つめ合ったまま動かない。佳織にはそれが数十秒にも数分にも感じられた。
自動ドアの開く音がして、ふたりは目を逸らせた。同時に課長の手は佳織から離れた。

「……上がろうか」
「はい」

並んでコースロープをくぐり、佳織はエスコートされるようにプールの端に向かう。なぜなら頬から離された課長の手は佳織の手を強く握っていたから。冷たい水の中でも手は熱い。更衣室の入口まで課長は佳織の手を放さなかった。じゃ、と小さく囁かれ、それぞれの更衣室に別れる。途端に佳織の脳裏にはさっきの出来事が浮かんだ。今のキスは……確かにキスだった。小鳥がついばむような軽いものだったけれど、確かに唇をふれ合わせた。佳織は確信した、この前のホテルでの出来事は夢じゃなかったのだ、と。頬が火照る。課長は自分を好きなのかもしれないと思うだけでかあっと熱くなる。
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