初恋をもう一度。【完】
鈴木くんの弾く悲愴は、わたしの下手っぴなそれとは全くの別物だった。
わたしがただ力任せに弾く和音。
鈴木くんの和音は、海の底のように重くて深かった。
どうしたらこんな音が出せるのだろう。
さっき教えてくれた主題のトレモロ部分を、鈴木くんはペダルを全く使わずに弾いた。
鍵盤の上を軽やかに跳ねる指は、まるで、花の上を飛び回る妖精みたいだと思った。
高速で奏でているのに、一音一音はとてもクリアで、けれど全てが綺麗に繋がっている。
どうしたらこんなに正確に弾けるのだろう。
才能がないなんて絶対嘘だ。
両手をクロスしてのパッセージの途中で、鈴木くんは突然演奏をやめた。
「続き、忘れちゃった」
軽く舌を出した鈴木くんに、わたしは思わず大きな拍手をする。
「すごい、ほんとにすごい!」
「そんな大袈裟な」
「ううん、ほんとに。 鳥肌立っちゃった」
わたしが興奮気味に言うと、鈴木くんはすっと椅子から立ち上がった。