偽物の恋をきみにあげる【完】
店内もやはり見覚えがあった。

しかし、いつ来たのか全く思い出せない。

今は思い出せそうにもないので、潔く諦めることにした。

「では、及川さん。お疲れ様です」

「課長こそ、お疲れ様です」

すぐに出てきたハイネケンで乾杯をする。

山盛りのローストビーフとラクレットのバケットを摘みながら、喜多野課長と話をした。

最初は仕事の話をして、それから趣味だとか他愛ない話をした。

課長はお喋りも上手だ。

見た目も中身も、信じられないくらい素敵。

もしももっと早く出会っていたら、すぐに恋をしてしまったかもしれない。

でも──。


「僕はジャズが好きなんですよ」

違う、コタローくんはロックが好き。

「ええ。僕も本は好きですよ。ミステリーが好きですね」

ううん、コタローくんは「ミステリーは最近読まない」って言ってた。

「ウイスキーが好きです」

コタローくんが好きなのは日本酒。


喜多野課長のことを1つ知る度に、課長がコタローくんではないことを思い知った。

けれど、それを残念だとは思わなかった。

私は何故か、どこかでほっとしたのだ。

こんなに素敵なのに。

「及川さん。申し訳ないですが、一服しても大丈夫ですか?」

「あ、全然気にしないでください」

私が答えると、彼はポケットから煙草とジッポライターを取り出した。
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