フェイク×ラバー
これじゃあ足のラインがきれいに見えるどころか、みっともないよ!
「……ふ、ふふっ」
ハイヒールに悪戦苦闘する美雪を見て、はじめは何を思ったのか、笑い出した。
「……おもしろいですか?」
「そうだね、かなり。だって君……生まれたての小鹿みたいだよ」
笑いをこらえようと努力しているようだが、笑い声が漏れてる。
美雪は羞恥で顔を真っ赤にして、そっぽを向く。
どうせ女性らしくないわよ。笑いたきゃ笑えばいいわ。
どさっとスツールに座り、美雪は自分の足元を見つめる。
そりゃちょっとくらい、かかとの高い靴に憧れてた時期もあったけど、結局、楽なフラットシューズに落ち着くのだ。
でも二十四歳だし、こういう靴も履けた方がいいんだろうな。
「笑ってごめん。馬鹿にしたわけじゃないよ」
うつむく美雪の足元に、はじめが膝をつく。
「あの……?」
「無理してかかとの高い靴を履く必要はないよ」
そう言って、美雪の靴を脱がせ、別の靴を履かせる。
「…………」
「こっちの靴の方が、疲れにくいだろうし────どうかした?」
「いえ、別に。ただ……怖いな、って思いました」
「怖い……?」
美雪の言葉の意味がわからないのだろう。
はじめは眉をひそめ、美雪を見上げている。
「お待たせして申し訳ございません」
二人の間に流れる微妙な空気をぶち破ったのは、女性店員だった。
「いえ、大丈夫ですよ。ドレスと靴は、こちらでお願いします」
「かしこまりました。ではバッグなども見ていただけますか?」
女性店員が持って来たクラッチバッグやアクセサリーを横目に見て、美雪は試着室へ逃げ込む。
いつまでも、このドレスを着ているわけにもいかないし、早めに脱いでおかないと。
「…………“素”であれをやるとは……。さすが王子様」
跪いて靴を脱がせ、更に履かせるなんて。
それも流れるような仕草。
あんなことされたら、勘違いしてもおかしくない。
むしろ勘違いしてください、と言っているようなもの。
でも美雪は、勘違いなんてしない。
だって鏡に映る私を見てみてよ。お高いラベンダーカラーのフォーマルドレスを着ていても、中身が釣り合ってない。
そう、自分は庶民なのだ。王子様とは住む世界が違うのよ。
だから勘違いなんてするはずない。
この状況は、イレギュラー。偽物の関係でしかないの。
「着替え、終わった?」
「終わりました」