フェイク×ラバー
着替えを終え、美雪は試着室を出る。
「支払いは済ませたから、出ようか」
「もう済んだんですか?」
なんという速さ。
美雪は女性店員が持つ紙袋の大きさを見て、つい総額が気になってしまった。
……なんだかこれ、おかしくない?
カフェラテをぶちまけてしまったことが原因で彼女役を引き受けたけど、今のところ、はじめが損してるだけ。
本当にこれで良かったのかな?
「あの……」
店を出て車に荷物を乗せるはじめに、美雪が躊躇いがちに声をかける。
「ん? どうかした?」
「……本当に私が彼女役で、いいんですか?」
青い車を挟んで、向かい合う二人。
あの日この人は、自分が“最良”であると言った。
何故最良だったのだろう? 詳しく聞かなかったことを、今になって後悔してる。
「──乗って。中で話そうか」
はじめの指示に従い、美雪は素直に車へ乗る。
「単刀直入に聞くけど、君は俺が嫌いだろ?」
車が走り出すのと同時に、はじめが衝撃的なことを聞いてくる。
「嫌ってませんけど……」
「そうかな? でも好意は持ってない。違うかな?」
「……う~ん……?」
美雪にとって、狼谷 はじめは恋愛対象にすらならない。
何せ高嶺の花。分不相応な考えは抱かない。
つまるところ、好き嫌い以前の問題。
どちらかと言えば、遠くから眺め、関わらずにいたい相手。
それをはじめに説明すれば、彼は車を路肩に止め、盛大に笑い出した。
「なるほどね! 好きでも嫌いでもない──やっぱり君が、俺の“最良”だよ」
「は、はぁ?」
隣で心配になるくらい笑うはじめに、美雪は戸惑うことしかできない。
笑わせるつもりはなかったし、笑えるような話でもなかったと思うんだけどな。
「あ~……久しぶりにこんなにも笑った」
目じりに涙を浮かべるほど笑ったはじめは、息を整えてから美雪を見る。
「君が俺に対して好意を抱いていれば、彼女役を頼んだりしなかった。俺が求めてるのは、彼女“役”だからね。本物はいらない」
「でも本物に見えなきゃ、彼女役を頼む意味がないんじゃ……」
「今回の場合、本物に見えなくても問題ない。むしろその方が好都合なんだよ」
「そうなんですか?」
車が走り出し、はじめの視線が前へ向けられる。
「君を連れて行くことは、意思表示だよ。誰も紹介してくれなくていい、って言うね。兄や父は鈍感だから、君を彼女だと信じるだろうけど、母親が厄介でね。あの人は勘が良い。だから下手に取り繕わず、見抜いてもらおうと思って。俺の本音を」