フェイク×ラバー
はじめの考えが、美雪にはちょっとわかりにくい。
なんとなく言いたいことはわかるのだが、理解するのに時間を要する。
「理解する必要はないよ。君はただ、役目を全うしてくれれば、それでいい」
「…………はぁ」
確かに、はじめの考えを完璧に理解する必要はない。
この関係は一時的なもの。情は移さないに限る。
「これで必要なものはすべて揃ったから、後は当日を待つだけだね」
車は本日の待ち合わせ場所、駅前に到着していた。青かった空は、茜色に様変わりしている。
「じゃあ雀野さん、当日、よろしく」
「……善処します」
車から降りて、美雪は肩から力を抜く。
とてつもなく疲れた。主にメンタルが。
こんなにも疲れたのは、本当に久しぶり。
「帰って休もう」
幸い、今日は土曜日。明日もお休みだ。
明日はどこへも出かけず、ゲーム三昧。
いつもの休日を満喫するのだ。
美雪は大きな紙袋を手に、歩き出す。
どうせ外に出たんだし、コンビニでも寄って帰るか。
***
結婚式当日、美雪は私服でマンションの前にいた。手には以前、はじめが見立て、購入したドレス一式が詰まった紙袋がある。
直前まで知らなかったのだが、結婚式は都内のチャペルで行われるのだとか。
なので遠方に出向く必要もない。
だが待ち合わせの時間は、思っていた以上に早かった。
「着替える必要はない、って言われたけど……」
軽いメイクと普段着。
本当にいつも通りの自分。
これでは結婚式に出席できない。
と思っていたら、見覚えのある青い車が目の前に停まった。
「時間通りだね。乗って」
「どこへ行くんですか?」
「最後の仕上げをしに行くんだよ」
「仕上げ?」
首を傾げる美雪を助手席に座らせ、はじめは車を走らせる。
どこへ行くのだろう?
流れる景色を目で追っていたら、車がゆっくりと速度を落とした。
「美容院?」
連れて来られたのは、おしゃれな外観の美容院だった。
「やあ、いらっしゃい。──彼女がすずめちゃんかな?」
店内に入れば、長髪を後ろで一つに結った男性が、二人を気さくな笑顔で出迎えてくれる。
「すずめ?」
馴染みのない呼び名に、美雪が目を丸くする。
「あれ、違ったかな?」
「合ってますけど、その呼び方、彼女は知らないので。──雀野さん、彼はハルさん。君のヘアメイクをお願いしてる」
「よろしく、すずめ──じゃなくて、雀野さん。オーダーは聞いてるから、安心して任せてくれていいよ」
「オーダー、ですか?」