フェイク×ラバー
ハルさんに手を引かれ、美雪はスタイリングチェアに案内される。
「君を世界で一番可愛くする──それが狼谷くんのオーダーだ」
またそんな恥ずかしいことを言ったのか、あの人は。
あの人、“素”で王子様なのよ、やっぱり。
「そのオーダーに、応えてみせるよ」
「……類は友を呼ぶ」
鏡越し、自分に向かってウィンクを飛ばすハルさんを見て、美雪はそれしか言えなかった。
「お待たせ」
声を掛けられ、はじめは読んでいた雑誌を閉じる。
「どうですか?」
「最高傑作、って言うのは大袈裟かもだけど、ご要望通りだと思うよ」
「それは楽しみですね。──雀野さん?」
はじめは立ち上がり、ヘアメイクが終わってもなお、鏡を見つめる美雪を呼ぶ。
「へぇ……」
名前を呼ばれこちらを振り向いた美雪は、ハルさんが大袈裟に言うだけのことはある。可愛かった。
今日のドレスに合わせたメイクは、彼女の愛らしさを見事に引き出している。髪もゆるふわで、パールの髪飾りが彼女の黒髪に良く映える。
さすがはハルさん。信じて任せて正解だった。
「雀野さん、すごく──」
「これが私だって、信じられますか?」
可愛いよ、と言おうと思ったのだが、言えなかった。
「化けるって、こういうことを言うんですね……」
誰よりも自分の変わりぶりに驚いている様子の美雪は、鏡を見つめ、うんうん頷いている。
「君は……君だね」
どれだけ見た目を着飾っても、この子の中身はぶれないんだろうな。
それが好ましく思えて、はじめは自然と、微笑んでいた。
「さ、行こうか」
いつまでも鏡を見つめる“恋人”に、はじめが手を差し出す。
“本番”はまだ、これからだ。
***
美雪の結婚式のイメージは、高校生の頃に出席した従姉妹の結婚式で固まってしまっている。
従姉妹の結婚式は、ホテルで行われた。
だから本格的なチャペルでの結婚式は初体験。
ただ披露宴はしないらしい。
その点は助かった。
やはり披露宴は時間がかかるものだから。
「疲れた?」
隣に立つはじめが、美雪に小声で問いかける。
「まあ、ちょっとだけ」
小声で返せば、はじめが「もう少しだから」、と言って笑う。
そう、もう少しで結婚式も終わるのだ。
チャペルでの誓いの言葉も終わり、指輪の交換も終わった。
あとはフラワーシャワーとブーケトスを残すのみ。
「参加する?」
「ブーケトスにですか? 遠慮しときます」
今のところ、美雪に結婚願望はない。幸せいっぱいな新郎新婦を見れば心変わりするかも、なんて思いもしたが、自分の心は想像通りの頑なっぷり。
ただただ、早く終わらないかな、と思うばかりだった。
失礼かもしれないけど、知り合いが一人もいないのだ。居心地が良いはずもない。