フェイク×ラバー
しかも美雪を居心地悪くさせている原因は、他にもある。
当たり前だと気づくべきだった。
この結婚式には、ヴィオラの会長と社長も出席している。親族なのだから、招待されていて当然なのだが、やはり勤めている会社のトップが同じ空間にいるのかと思うと、緊張で息苦しい。
向こうはこっちを知らないだろうが、こっちは向こうを知っているのだ。意識せずにはいられない。
「かほ、おめでとう!」
「狼谷! 幸せにしてやれよ!」
そうこうしているうちに、フラワーシャワーが始まったらしい。
美雪は我に返り、無心で花びらをまく。
「きれいな人……」
目の前を通り過ぎていくのは、佐野 香穂子──彼女がはじめの兄・怜の妻。
真っ白なウェディングドレスを身にまとい、幸福に満ちた笑顔を浮かべる彼女は、この場にいる誰よりも輝いていて、きれいだ。
そんな彼女を妻に娶るはじめの兄・怜は、弟同様に美形だが、親しみを持てる美形だった。柔らかで穏やかな笑顔を浮かべ、自身の妻の手を、しっかりと握っている。
美男美女の新郎新婦とは、なんと絵になるのだろう。
「投げますよー!」
フラワーシャワーが終われば、独身女性お待ちかねのブーケトス。
美雪も前へ出るようすすめられたが、丁重にお断りしておいた。
「このまま新婚旅行へ行かれるんですか?」
「……そうだよ」
隣に立つはじめを見上げれば、彼は何とも言えない微笑みを浮かべていた。
悲しそう? 寂しそう? いろんな感情が見え隠れするはじめの微笑みから、どうしてだか目が離せない。
「やったー! 私がキャッチしたよ、かほちゃん!!」
見逃してしまったが、どうやら花嫁のブーケを手にしたのは十代の女の子らしい。嬉しそうにブーケを抱きしめ、花嫁に向かって手を振っている。
「あの子って確か……」
社長の娘さんのはず。名前は大鳥 雫(おおとり しずく)。大学一年生で、十九歳。
結婚式が始まる前、挨拶を交わした。
そのとき、初対面なのに敵意むき出しに睨まれたから、ものすごく印象に残っている。
「雫にはまだ早すぎるだろ」
はじめが笑って、白い階段を下りて行く。
これで結婚式そのものは無事終了なのだが、写真撮影などがある。
それが終わったら、新郎新婦は空港へ向かい、新婚旅行へ出発するのだ。興味本位でどこへ行くのか聞いてみたら、ヨーロッパに行くのだとか。
「はじめ」
芸能人張りに写真撮影をお願いされる新郎新婦を見つめる二人に、女性が声をかける。
「母さん」
この女性は、はじめの母親だ。
狼谷 みどり────会長の娘で、社長の姉。
それから、息子のはじめ曰く、勘の良い人。