フェイク×ラバー
「どうする、って……帰るに決まってる」
「お友達に誘われてたみたいだけど、帰るの?」
「帰るよ。彼女を送って行かないと」
そう言って、はじめは美雪の腰に手を伸ばす。
この式場に来てからずっと、はじめは約束を破らなかった。
──常にそばにいる。
有言実行。
美雪としては、心強いの一言に尽きるのだが、もしかすると美雪が粗相しないように一番近くで監視してたとか?
そんな風に思っちゃ失礼だよね。
ここははじめの善意だと、信じることにしよう。
「彼女を送って行くだけなら、食事に付き合いなさい。怜たちはこの後すぐ空港に行くけど、見送りはいらないそうだから」
「食事? いや、遠慮しとくよ」
「だめよ。家を出てからあんた、ちっとも顔を見せに来ないじゃない。私だけじゃなく、満(みちる)さんも怜も──それに香穂子さんだって心配してたのよ。だから食事に付き合いなさい。──美雪さんも一緒にね」
「わ、私?」
てっきり自分は無関係だと思っていたのに、最後の最後、当事者になってしまった。
「いえ、私は遠慮」
「いいじゃないの。はじめがようやく恋人を連れてきたのよ。是非ともいろいろとお話をしたいわ。もしかしたら、娘になるかもしれないんだから」
「母さんっ」
その考えは早計すぎる。
はじめが咎めるような目で母を睨みつけるが、当の本人は素知らぬ顔。
「ただの食事よ。堅苦しく考えないで。じゃあ、後でね」
颯爽と立ち去るはじめの母の背を、美雪は疲れた目で見送る。
これで無事終了だと思ったのに、第二ステージに突入とは……。
「悪い。これは予想外だった」
「いえ、狼谷さんのせいじゃありませんし……」
誰を責めることもできない。
だから仕方なし、と諦めるしかないのよ。
何とも言えない疲労感を抱え、美雪はため息を漏らす。
「は・じ・め・くん!」
まるでみどりが去るのを待っていたかのような、タイミングの良さ。
はじめはため息をつくと、気合を入れるかの如く空を仰ぎ見て、それから振り返る。
「ブーケ、見事にゲットだね、雫」
振り返った先にいたのは、笑顔の大鳥 雫。社長令嬢の彼女を前に、自分はどのようなスタンスでいるべきか。
美雪は考え、そして失礼がなければいいのよね、と思うことにした。
社長令嬢と言えど、この子はヴィオラで働いてるわけじゃないんだし。
「えへへ、いいでしょ~」
「でも雫にはまだ早いと思うよ」
「そんなことないよ。もう大学生だし」
「そうだね。けど叔父さんや叔母さんは、まだまだ雫に甘えてもらいたいと思ってるよ。一人娘なんだし」