狼を甘くするためのレシピ〜*
 それから一時間後――。

 西園寺ホールディングスをあとにした怪生は、タクシーに手をあげる。彼の移動手段は主にタクシーだ。

 下りた場所はそう遠くない渋谷の複合ビル。
 その一角にある近代的オフィスビルの二階に、径生が代表を務める株式会社Vdreamはある。

 総合受付がある一階フロアを通り過ぎ、エスカレーターから二階に行く。

 廊下からオフィスは見えない。
 いくつか会議室が並んでいるが、そのうちのひとつに人の気配がある。すりガラスから灯りが漏れ、人影が微かに見える。
 チラリとその会議室に視線を送ったが、径生はそのままオフィスの入り口へと進む。

 扉の前に立つと『おかえりなさいませ』という機械的な声と共に自動扉が開く。
 中に入った彼は、まっすぐ自分の席に向かった。

 広いフロアの間を抜けて奥へ進んで彼に、ペコリと頭をさげる社員もいるが、チラッと見るだけの社員もいる。
 かと思えば昼寝をしている者もいたり、ヘッドホンで熱心に何かを聞いていたりと様々だ。

 そんな彼らの様子を意に介す様子もなく、径生はパーテーションで軽く仕切られただけの自分のスペースに入った。

 そのままパソコンにスイッチを入れ、椅子に腰を下ろしす。

 径生が社長を務めるここ『株式会社Vdream』はゲームアプリやVRなどで定評のあるシステム開発会社である。

 社員数は五十人に満たない。
 各自それぞれ決められた席はあるが、フロアの半分に設けられた自由席で仕事をする者もいた。
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