狼を甘くするためのレシピ〜*
 ***

「バンザーーーーーイ」
 ありったけの息を吐き、全力でそう叫けぶ。

 人生初の全力の叫び声に肩を上下させながら、蘭々は満足げに微笑んだ。
 想像以上の爽快感に胸躍らせながら、大きく天を仰ぐ。
 目を閉じて追いかけてくる木霊に耳を澄ませると、頬を撫でながら冷たい風が吹き抜けた。

 蘭々が立っているその場所は、関東の北の端。峠の途中の駐車場。
 ひと月前なら紅葉を見に来た観光客で賑わっていただろうその場所も、今は蘭々しかいない。色を失い賑わいも失った山は冬を迎える準備で静まりかえり、寂しさに溢れている。
 そんな風景だが、彼女の目には希望の春のように映った。

 ふいに強い風が吹き抜けた。
 肩をすくめながら、『冬になったらマフラーは欠かせないな』と、ふと思う。

 最後の挨拶に訪れた事務所の帰り道、その足で向かったのはヘアサロン。『本当に切るの?本当に?』と恐れおののく美容師を急かして、背中まであった長い髪をバッサリと切った。

 長年大切に手入れをしてきた髪だ。手放すことに寂しさがなかったわけではないが、サロンを通じその髪を必要とする子供たちへ寄付してもらうことで、踏ん切りはつけた。
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