大嫌いの裏側で恋をする


「おい」

お気に入りの、ウサギ柄のミニタオルで手を拭きながらトイレの帰り道。
誰を呼んだのかもわからない声に、私は自然と振り返る。

「わ、私ですか?」
「他にいねーだろ」

それが、高瀬さんの声だったから。

手にはノートパソコンの入った、重そうなビジネスバッグを持っていて。
どうやら、外出するみたい。

「……今日は、お前が理解できない注文書は届かねぇと思うから」
「あ、はい。わかりました、助かります」
「あと、戻るの遅くなるから何かあったらメール入れとけ」
「……わかりました」

空気が、重い。
最近の、ちょっとだけ、いろんな表情が見えるようになってた高瀬さんでもなくて。
最初の頃の、ムカつくばっかりの先輩でもなくて。

距離を感じる。
(なんて、悪いのは自分なんだけど)
そう、酔い潰れて高瀬さんを巻き込んだ挙句。心配してくれた高瀬さんの言葉を、素直に受け取らず怒らせた。
そんな先週金曜日を経ての、今日、月曜日。

もうとっくに水気のない手を、タオルで拭き続けてると高瀬さんが言った。

「課長が色々言ってたけど、お前がそんなに気負わなくていい」
「へ??」

俯いてた顔を上げると、いつのまにか目の前まで近付いてきてた高瀬さんと目が合う。

「任せっきりにしねぇから、心配すんな。 あと、さっきも言ったけど残業も多分それなりで済むはずだし、済ますからな」

仏頂面で、けれど私を思いやる言葉が聞こえる。胸がギュッと押さえつけられたみたいに痛んで、苦しい。
なんで、いちいち高瀬さんは気付くんだろう。隠したい、私の心の動きに気がつくんだろう。
他の人を、好きなくせして。
よく器用に私なんか見てられるよね。
さすが、仕事のできる人というか、なんというか。
……凄いや。

「ありがとう、ございます! あ、あと残業くらいなら平気ですよ、任せてくださいね!」

何とか出した元気っぽい声。
その声に高瀬さんは小さく頷く。

「ん、じゃあ行くわ」

そして短く言い残し、私の横を通り過ぎてく。
エレベーターに向かって遠ざかってく背中。
開いてく距離は、まるで今の私と高瀬さんみたい。
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