mimic
地下鉄の駅に着いて、わたしは覚束ない足取りで階段を降りると来た電車に乗った。
次の駅で降り、亡霊みたいにまた歩く。
寒さも暑さもまったく感じないのに、汗だけが止めどなく流れていた。

街灯が灯る頃、緑が多い場所まで着いて、わたしはお城のような大きな建物の前で立ち止まった。


『そりゃ、まあね。小夏は昔から俺の可愛い妹みたいなもんだし』


わたしは。
耳を、塞いでただけで。


『俺にはこの仕事がすべてなんだ』


唯ちゃんの本心は、もう聞いてたんだ……。


「それでも、わたしには、唯ちゃんしか……っ」


いなかったのに……。

ライトアップされた鐘を見上げる。
視界がじんわりと、滲んできたときだった。


「っ、」


所在無くぶらんとただ両脇に垂らした手を、後ろからグイッと引かれた。


「ああ、やっぱり。小夏ちゃんだ。どうしたの」


弾む息遣いとは裏腹に、多野木の口調は悠長だった。
肩が外れるくらい強く引っ張られたので、体は引き戻されたゴムみたいになって、首ががくんてなった。


「……唯ちゃんが、さ、」


わたしの低いトーンのガサガサ声に、多野木はぴくりと片眉を動かす。


「ここに来たのって、わたしとじゃない女との、結婚のためなんだよね」
「……」
「わたしは、自分がお嫁さんになるつもりでついてきたりして。バカみたい」
「……」
「ほれ見たことか、って思ってる? 裏切られて」


自嘲気味に言って、わたしは徐々に目線を上げる。
< 24 / 117 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop