mimic
「ほんとやり手だよな、菅野課長」


エレベーターから下りてきたスーツ姿の男性社員たちの声が耳に届き、足を止めた。


「うまいこと社長に取り入って、娘さんと婚約なんて」
「出世のためには手段選ばずって感じだよな。まあ、あの人仕事の成果も出してるし」
「だよな。菅野課長がうちのトップになったら、吸収合併とかふり構わずガンガン進めてきそうだよ」
「ああ。なんか怖ぇよな、容赦ない冷血漢だから」


心音が大きくなった。
まるで立っている磁場が歪むような、体がぐらつく感覚。

動悸が激しい。


「……っ……」


すれ違う社員と肩がぶつかって、すみませんと謝られた。こんなとこで直立不動でぼんやりと、絶望してるわたしが悪いのに。

胸が苦しくて、鼻の奥がつんとする。

周囲の人の、たぶん顔面蒼白なわたしを見る目が不審さを増していき、いよいよ警備員でも呼ばれそうになって、仕方なくとぼとぼと歩き出した。


『だから小夏、わがまま言うなよ、な?』


優しい声で手懐けて、裏ではずっと、わたしのこと裏切って。

わたしはそんな唯ちゃんを、心の糧にして、すがって、生きる希望にして。

バカだよ、ほんと……。


『俺にはこの仕事がすべてなんだ』


それはなに。
社長令嬢を落とすって仕事?

一緒に見に行ったあの式場だって、幸せの門出のときに隣に立っている相手として唯ちゃんが想定していたのは、わたしじゃなくて彼女だったってこと?


「……ひっどい……」


酩酊状態みたいな足取りで、ふらふらと薄暗くなり始めた街を歩く。
あてもなく、ただ惰性で両足を動かす。
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