mimic
「話はそれだけ?」


震える足を一歩動かす。素直に立ち話に応じた自分が馬鹿だった。

大股で、相手の目の前を突き進む。すると「待てよ」唯ちゃんはすかさずわたしの腕を掴んだ。


「お前は世間知らずだから、どうせあいつの口八丁手八丁にまんまと騙されてるんだよ」
「は⁉︎ 自分のこと棚に上げてよくそんなこと言えるよねっ!」


強引に腕を振りほどく。


「悪ぃ……」


睨んで一発ビンタでもしてやろうと思ったけど、尻込みする。
わたしを見つめる唯ちゃんの目は真剣そのもので、ふざけてる様子は微塵もなかったからだ。


「も、もう、唯ちゃんには関係ない」
「……関係ないとか言うなよ」


吐き捨てるように言った唯ちゃんは、さっきまでわたしの腕を強く掴んでいた手を後頭部にあてた。
弱ったような気力のない目で、空を仰いで。


「失ってから、お前の存在の大きさに気づいたんだ」


途方に暮れたような声。

からりとした秋口の風がわたしと唯ちゃんの髪を揺らす。
わたしは瞬きするのを忘れ、威勢を失った相手を見つめる。


「あの家を売って、俺とどこか違うところで一緒に暮らさないか」
「……は?」


あの家を売って?
違うところで、唯ちゃんと……?

ふざけんな、と心のなかで叫んだ。
けど、それが声にならなかったのは。唇を噛み締め、息をするのさえ苦しそうな唯ちゃんの表情を、生まれて初めて見たからだと思う。

わたしは目をそらし、大きく深呼吸する。唯ちゃんも心底うんざりした風に、息を吐いた。
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