mimic
飲みますか? って聞いたのは、忙しいという理由で約束を反故にする唯ちゃん対する当てつけと、わざわざ来てもらって悪いなと思ったお詫びと、せめてものお礼のつもりだった。

だからこのままビールや酎ハイが数本入ったビニール袋を持ち帰ってもらうという展開以外、皆目想定していなかったんだけども……。


「じゃあお言葉に甘えて、いただきます」


あれよあれよという間に、多野木さんは玄関の方に回り、普通に「お邪魔します」と言ってたたきで靴を脱いだ。
黒くてよく磨かれた、高級そうな革靴だった。

で、居間に入ってきて彼は、さっきわたしが座ってた籐の椅子の隣に立ち、缶ビールを喉に流し込んでいる。


「すみません、温くなっちゃって」
「ううん。喉が渇いてたので、美味しいです」
「そうですか、なら、良かったです……」


わたしは身を硬くして、隣に並んで立つ多野木さんをチラチラ見上げた。
間近で見ると、年は若そうだった。わたしと一回り以上違う唯ちゃんよりは、遥かに。
やや赤みがかった髪に、真っ直ぐ見つめ返す切長の瞳。狸ってより、狐っぽい。

振り返ったと同時に、ふわりと尻尾が出現しないだろうか。
狐に化かされる昔話を思い出しちゃう。


「庭、手入れしてないんですか?」


不意打ちで目が合ったので、両肩がどきんと跳ねた。


「あ、はいっ。三年前に祖父が病気で亡くなって、今はわたしひとりで。なかなか手が回らなくて……。冬にけっこう雪が降ったんですけど、囲ったりしなかったから折れちゃったのもあって。伸びすぎた枝もどこをどう切ればいいのかわからないし、放置したままになってて……」


やばい、なんかペラペラ喋りすぎちゃったかな?
この人の、このなんか穏やかそうな独特の表情とか飄々とした雰囲気につい和んじゃう、のかも。
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