mimic
「小夏ちゃん?」
「わたし、怖かった……。家は飛ばされそうだし、海月はなかなか帰ってこないし! 連絡もないから仕事中になにかあったんじゃないかと思って気が気じゃなかったんだよ⁉︎」


葡萄も大切だけど。
もう失うのは、嫌なの。
この家も、共に暮らすぬくもりも。


「っとに……。いつからそんなに、煽るのが上手になったの」


涙で潤む瞳で見上げれば、海月が溜め息交じりで笑ってくれる。

ああわたし、こんなにも心細かったんだ、って。ようやく自覚できた瞬間。


「ねえ、知ってる? 小夏ちゃん」


依然しがみつく体勢のまま、いつもより甘く低い、穏やかな声に耳を傾ける。


「金魚は群を作って生活する生き物なんだよ」
「群?」
「そう。だから、幼魚を単独で飼うのは可哀想だ」
「……」
「寄り添う相手がいないと、淋しくて死んじゃうよ」


わたしの体をそっと離した海月は、真下に落ちたビニール袋を拾い上げた。


「ねえ。餌も、環境も大事だけど、そっちの方が重要だと思わない?」


さも詳しそうにレクチャーする口振りが癪だけど。
海月がそばにいることが、わたしにはなにより嬉しい。比類なく、安心する。


「でも、餌も大切だよ」


金魚だって、最初は絶食するのかもしれないけど、やがて欲するように。それがなきゃ生きていけないように。

わたしだって、欲しい。


「大丈夫。焦らなくても」


見上げるわたしの首筋に手を這わせた海月は、


「今、俺があげるから」


反対の手で、優しく頭を撫でて。


「口開けて?」


素直にそうしたわたしには、ご褒美のキスが降ってくる。
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