冷徹騎士団長の淑女教育
そこでふと、膝の上に置かれた自分の小さな手が視界に入る。

そしてクレアは、今更のように気づいた。

水仕事をいっさいしなくなったためか、あかぎれがすっかり治っている。無数の傷による小さな痛みも、いつの間にか失せていた。白く滑らかな指先はまるで自分のものではないかのようだ。

(もしかしてアイヴァン様は、このために私に家事をするなとおっしゃったのかしら……)

じゃがいもの皮むきをしていたのを咎められた際、あかぎれだらけの手をじっと見られたのを覚えている。

きっと偶然よ、と自分に言い聞かせつつ、落ち着かない気持ちで視線をさまよわせるクレア。

すると、教会の入り口に刻まれた文字が視界に入った。

「汝に神のご加護があらんことを……」

無意識のうちに書かれた文言を呟いたあとで、クレアははっと息を止める。

スラスラと、まるで文字が頭に溶け込むかのように読めた自分に驚いたのだ。

今まで、こんなに簡単に文章を読めたことがなかった。文字の一つ一つを追い、ようやく単語が分かるか分からないかといった具合だった。

(この二週間、読み書きの練習ばかりしていたから……)

思えば、城での任務を終えてからクレアのもとに行き、深夜までみっちりと教育に勤しむアイヴァンの毎日は、どれほど過酷だっただろう。

それでも、アイヴァンは疲れた顔ひとつせずに、クレアの勉強に一切の妥協を許さず付き合ってくれた。




自分でも認識できないところで、クレアは気づいていたのかもしれない。

レイチェルの言っていたように、アイヴァンの厳しさは優しさと紙一重なことを。

このわずか二週間で、アイヴァンはクレアに滑らかな手と、文字を読む歓びを与えてくれた。

だから、こんなにも胸が苦しいのだろう。



一人になったことが辛いのではない。

――クレアは、アイヴァンを失ったことが辛いのだ。

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