約束~悲しみの先にある景色~
じりじりと後退を続けていた私の背中が、とうとう壁に着いた。


(あっ………)


もう、お父さんからは逃れられない。


そう、瞬時に悟った。



そして、包丁の刃が私の首に触れた瞬間。



「ただいまー」



奇跡ともいえるタイミングで、玄関の扉が開く音がした。


そして次に聞こえてきたのは、買い物帰りのお母さんの何も知らない明るい声。


「……お母、さ……っ、」


その瞬間、私の肩から瞬時に包丁が引っ込められる感触がする。


(助かった……んだよね、)


「お帰りー、お母さん」


急に目の前に居たはずのお父さんの気配が無くなり、私はそっと顔を覆っていた両手を下ろした。


お父さんは、お母さんに気付かれない様に素早く包丁をキャビネットに閉まっていた。


(あっ……)


「よいしょっと…どうしたの、何かあったの?」


するとようやく靴が脱げたのか、大量の袋を抱えたお母さんが息を切らせながらこちらにやって来て。


(お母さん!)


“お母さん、聞いて聞いて!今お父さんがね、私に包丁を……”


今がチャンスとばかりに、私が口を開こうとすると。


「おい、今ここであった事は言うなよ」


急に、視界いっぱいにお父さんの顔が広がった。
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