約束~悲しみの先にある景色~
あれは、初めてお父さんが私に包丁を突きつけたあの日を思い出す、梅雨が終わりかけて少し暑くなってきた6月の下旬。



「…た、だいま帰りました……」


学校から帰った私は、震える声で居るであろうお父さんに声を掛けた。


テレビでニュースを見ているお父さんの邪魔をしない様に、目立たない所に自分のランドセルを置く。


ほとんどの友達が半袖半ズボンで登校する中、私だけが薄い長袖と長ズボン。


肩を除く傷跡は、今のところほぼ誰にも見られていない。



(今日は、何をされるかな……)


学校の宿題は、いつもお父さんが唯一寝ている朝方にやっている。


だから、私が学校から帰ってきた後はいつも彼のストレス発散の道具となっていた。



「瀬奈、今日は帰りが遅かったじゃないか」


何も話されない事に少し安堵を覚えたのもつかの間、お父さんがテレビを消してこちらを見ずに話しかけてきた。


(きた……)


「っ、ごめんなさいお父さん。あの、今日は学校の掃除が長引いて…」


家に帰るのが嫌だから、学校のトイレで少し時間を潰していました、なんて口が裂けても言えない。


「そうかそうか、なら学校側に罪があるな」


「うっ、うん…」


ゆっくりとランドセルの傍に立っている私の方へ首を向けるお父さんから目を逸らす様にして、私は掠れた声で同意した。
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