迷子のシンデレラ

 不安げに見上げる智美へ彼は顔を近づけて耳元で囁いた。

「二人で抜けよう」

 甘美な深みのある声が鼓膜を震えさせる。
 マスクの隙間から覗く瞳は智美を見据えて妖艶に瞬いた。

 胸の高鳴りを抑えきれずに小さく頷くと、恵麻の楽しげな声が聞こえた気がした。

「殿方を射止めて楽しんだって構わないからね」


 会場を抜け出すと彼はエレベーターホールで立ち止まった。
 そして抱き寄せたままだった腰を今一度、抱え直した。

 彼の魅惑的な薄い唇が弧を描く。

「今日はきっと満月だね」

「どうして?」

「満月は人を狂わせるって言うだろう。
 僕は会ったばかりだというのに君に落ちてしまったようだ」

「皆さんに仰ってるのでしょう?」

「さぁ。それはどうかな」

 含み笑いをする彼が「でも」と付け加えた。

「どうしてかな。
 こんなにも気持ちが急くのは初めてだよ」

 さらに抱き寄せられ、顔が近づいた。
 彼の息遣いまで聞こえそうだ。

 鼓動は壊れそうな音を立てて顔は次第に俯いていく。

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