Shooting☆Star

☆6話番外編☆ 空に溶ける

非常階段に出て、ポケットから煙草のパッケージを取り出す。
ミントグリーンの柔らかいパッケージの口に差し込んだ使い捨てのライターと、煙草を1本取り出して咥え、火を点ける。薄荷の香りの混ざるその煙草の、ひと口目の煙を吐き出して、遠くに見える本社のビルを眺めた。
煙草、やめなきゃな……そう思って数年、全くやめられる気がしない。
煙草は秀にとって数少ないストレス発散だった。
手摺りに背中を預けて立ち、百香のデスクから持って出てきた週刊誌の、付箋の貼られたその記事を眺める。
寄り添った祐樹に手を引かれた百香の姿、祐樹の部屋のベランダで部屋着で抱き合い唇を寄せる二人の横顔……。
ページをめくると、次の記事はダイチとカレン、祐樹と百香のダブルデートが取り上げられていた。
ダイチがカレンの腰に手を回し、祐樹と百香が手を繋いで並んで歩く後ろ姿。
人目を忍んだお泊りデートから、遊園地での大胆なダブルデート。
どの写真も百香は楽しそうに笑っていた。
仕事中に見せることの少ない、隙だらけの笑顔……。
煙と一緒に溜息を吐き出してみたが、足りなかった。
「嘘だろ……」
疑いは素直に言葉に出て、秀は目を瞑る。
仕事中はいつだって完璧主義の百香。
秀は百香が浮かべるあの微笑みが苦手だった。
貼り付いた笑みの下で、百香は何を考えているのだろう。あの瞳に覗き込まれると、全部見透かされている感じがして、つい、目を逸らしてしまう。
少し前にダイチがカレンと同じ誌面に載った時、百香はダイチに何も言わなかった。ただ、両手で顔を覆い溜息をついていた百香を珍しく思った。
祐樹やダイチはともかく、あの警戒心の強い百香が、あんなに無防備に撮られるなんて考えられない……。
秀は、この数年、百香はダイチと付き合っているものだと思っていた。
他のメンバーは誰も気付いていないようで、本人達にそれとなく探りを入れても、曖昧にはぐらかされるだけだったが。
メンバーとマネージャーの距離感が近いのは、S☆Sに限って言えば特別なことではない。
いつの頃からか、ダイチはそのマネージャーのことを「百香」と名前で呼ぶようになっていた。
昔はずっと「モモ」って呼んでいなかったっけ?
そう思うが、確信は持てない。
それに……祐樹は多分、百香のことが好きだ。
それが長年の仕事仲間としてなのか、恋愛的なものなのかは、わからないが。
随分と前から祐樹が百香を特別に思っていることに秀は気付いていた。
たとえ恋仲になったとして、彼の性格からして、彼女との関係を隠すようなことをするだろうか?祐樹はきっと隠せないだろう。本人は隠しているつもりでも、顔に、言葉に、行動に出る。
たとえ自分の知らないところで、ダイチと百香が別れ、祐樹と付き合い出したとしても、この記事は違和感が多かった。
「なんなんだ、これ。」
自分の知らないところで一体何が、起こっているのだろう……。
百香がマネージャーから外れたら、きっとS☆Sは存続出来ないだろう。
ダイチも祐樹も事務所を辞める気配はないが、スキャンダルが続けば社長も黙ってはいないだろう。
S☆Sがバラバラになったら、いやだな……。
そう思って、溜息を吐き出し、煙草を灰皿に押し込む。
そろそろ百香が事務所に戻ってくる筈だ。
裏口から中に戻り、百香のデスクに雑誌を戻す。
そのまま、表に出て、ゆっくりとコンビニに向かう。
そもそも、何で、おれ達に黙っているんだ……おおっぴらな恋愛が禁止されている仕事とは言え、メンバー内でそれを隠すようなことでもない。
じゃあ、あの記事の百香は何なのだろう。
考えられるのは、アレが何かの罠で、誰かが、誰かを罠に嵌めようとしているのではないか…?
そこまで考えて、秀は立ち止まった。
……罠に嵌められているのは、3人のうちの誰かだ。
百香はきっと、そこにカメラがあることに気付いていた。
漠然とした不安は、そのまま怒りに変わる。
どんな理由にせよ、誰に、何のメリットがあるのだろう……。
秀は帽子を目深に被り直して、ゆっくりと歩き出す。
< 27 / 77 >

この作品をシェア

pagetop