偶然でも運命でもない
13.天使の詩
「冬休みじゃないの?」
「冬休みだけど学校行ってる。図書室開いてるし、先生も誰かは居るし。市立図書館も近いし。」
響子の問いに、大河は「家にいるより、その方が便利だから」と答えた。
「そういえば、市立図書館って行ったことないな。……ここの図書館には、何があるの?」
「本。」
「いや、それはわかるよ、流石に。」
「あと、雑誌とか、CDとかレコードとか、DVDもある。観賞用のブースも。」
「そういうんじゃなくて。」
そこまで喋って、響子さんの求めている答えは、図書館の基本機能ではない、全然別の何かだと気づいた。……図書館に、図書館以外の何があるのだろう?
「じゃあ、響子さんは図書館に何を期待してるの?」
「期待?」
「うん。例えば、こんなところだったらいいとか。」
「うーん。私の子供の頃通った図書館には、プラネタリウムがついてた。」
「素敵だね。」
「うん。でも、ちょっと違う。……あぁ。例えば。高ーい天井に丸い照明が並んでいて。吹き抜けになった2階建てで、いくつかの大きな階段がある。」
壁は本で埋め尽くされていて。それなりに人はいるのに、静かで。吹き抜けを見下ろせるところには、小さな机と椅子が並んでいて……。
響子が途切れ途切れに呟く彼女の理想の図書館は、行ったこともないのに手に取るように想像出来た。
静かで、暖かく乾いていて、知識に満ちた場所。
ふと、どこかで見たことがある……と思う。
それは、自習中に教師が観ていた古い映画だった。
半分モノクロで、半分色褪せたカラーの、薄暗くて静かなストーリー。
天使のダミアンが永遠の時間を捨てて、人間になり、恋をする。
図書館は天使の溜まり場だ。
彼女はあの映画を観たのだろうか?
「響子さん、俺、図書館で思い出したんだけど。」
「うん、なに?」
「……人間にはわかるのに、天使にはわからないものって、何だと思う?」
大河の問い掛けに、響子はこちらを見上げて微笑んだ。
「色と匂い。味。あとは、恋心。」
きっと、今、彼女は天使のダミアンを思い浮かべた。
「じゃあ、人間になって、最初に与えられるものは?」
「甲冑。」
響子が思い浮かべたもの、その核心に触れて、大河も微笑む。
確か、タイトルは……
「ベルリン……」
「天使の詩。……よく知ってるね。あんな古い映画。」
「響子さんだって。多分、産まれる前でしょ?」
「んー。どうかな?大河くんはまだ、何の存在もしてないね。きっと。」
「そうかも。」
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