猫のアマテル
アマテルの言葉に取り囲んだ猫たちは、お互いの顔を見合わせた。

一匹のヨモ猫が、隣のネコに小さい声で「あの猫、どうして我々が札幌を追われたことわかるの? だれか言ったのかな……?」

側にいた猫が「しっ、聞こえるから黙ってなさい」

アマテルが「言ってあげましょうか」

「うるさい、お前には関係ない黙れ、黙れ」

「あなた達は最低の礼儀を知らないから、札幌の猫仲間から
厄介猫扱いされたの。 地方への制圧でもなんでもないの。そのことを知らない猫への体裁を考えたのよ。そして追われた者同士が群れをなして、札幌から離れた場所に住もうということになった。 それだけのこと。 あなたの統率力でここまで来たわけじゃない……だからあなたはいつ自分が襲われるか解らない……心配で。 しまいには一匹で安心して寝ることもできないの。 まだ言ってほしいの?」

ゲンはシッポの毛がだんだん逆立ってきた「うるせえ! おい誰かこのメス猫を噛み殺せ。 ジョーお前やれ」

ジョーは下を向いたまま動かない。

からだじゅう傷だらけのヨモ猫タマが「なら、ゲンさんあんたがやれば……」ゲンの力量を試すか、逆らってるような口調だった。

その言葉にいらついたゲンは威圧的に「タマ、今、何って言ったおい」

「もう一回聞きたい? 自分でやればって言ったんだ。 今度は聞こえたか? えっゲンさんよっ」完全に挑戦的だった。

「まあ、お前のことは後で話しつける。 ジョーはどうなんだ?」

「ゲンさんこの猫なんか、不気味なんですけど……」

前回祝津でアマテルを取り囲んだ数匹の猫は皆頷いた。

「なんだ、なんだ、お前らは、じゃあ俺がはなし……」

言い終わらぬうちにアマテルに飛びかかった。

その瞬間アマテルは姿を消していた。 そして音もなくゲンの後方に立っていた。 まわりは、目の前でなにがおきてるのか見当がつかない。 ただ瞬間的にアマテルがゲンの攻撃をすり抜け後ろに回っていたということだけは理解できた。

ハッキリ言って目で追うことができなかった。 後ろに回ったアマテルがゲンの耳に囁いた。

「あなたが私と戦うのは無理です。 勝ち目ありません。
これ以上争いは辞めましょう……」

ゲンはもう引けなくなっていた。 それを判断したアマテルは、次の矛先をもう一匹のメメに向けた。 瞬間メメの後ろに回り込んだ。

メメがとっさに身を伏せ、アマテルの足に牙を向けた。 アマテルは間一髪でかわし、また後ろにまわった。 そしてメメの首の付け根にアマテルが牙をかけた。

「これ以上やると食いちぎるわよ、どうする……」

すべてが一瞬の出来事だった。

三匹の猫が三つ巴になった。 不思議な静寂の中アマテルが「わたし争いは嫌い! あなた達がやるというなら相手になるけど。 もう解ったでしょ。 あなた達は一度死んだのよ。私が手加減してあげたの……今のあなた達に私は倒せない」

メメが先にシッポを下げ。 そして、ゲンがシッポを下げ爪を引っ込めた。

「解っていただいたようね……さあ、どうします? 祝津猫の仲間に入るか。 このまま札幌に退散する? 仲間になる場合はハチというボス猫の下になることが絶対条件」

ゲンのもくろみがすべて音を立てて崩れ落ちた。

「みんなと相談させてくれ……」

ゲンがみんなのもとに歩み寄り事情を説明した。 一部始終を見ていた仲間の猫は、アマテルの迫力に圧倒され、そして従うことを全員一致で決定した。

「それで決まりね。じゃ私が祝津のみんなを呼んでくるからその辺で待ってて。 潮の変わり目には戻るから」

ハチと仲間達に事情を説明してみんなの意見を仰いだ。

ハチが「アマテルに任せようと思う 。我々も祝津を離れるのは辛いし、戦うこともしたくない。 双方が歩み寄って暮らすのが最善だと思う……」

意見はまとまった。 双方が歩み寄り、ひと月が経ち祝津漁港の猫たちは、前以上に活気づいた。 猫が急に増えたため人間はたくさんの雑魚を与えてくれた。 餌の奪い合いは一度もなく。 札幌猫も古くからここに住んでいた仲間ように無理なく溶け込んでいた。 その光景を見ながらアマテルは祝津を離れる決意をした。

アマテルが「ミミ、わたし旅に出る」

「なんで?」

「何かが待ってるような気がするの。 今の段階では解らないけど、何かが私を待ってる気がする。 みんなには黙って行くけどごめんね。 ミミも元気で……」

「アマテル、ありがとう。いつでも戻ってきてね。 あんたはここが故郷なんだから。 祝津猫なんだから……」

ミミは胸が熱くなり、それ以上言葉が出てこなかった
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