私はマリだけどなにか?
8「私はマリ、ジッタが一大事だけどなにか?」完結編
マリは部屋で一日が過ぎるのをじっと待っていた。明日起床して、また日付けが変わっていないようだったら、とりあえず同じ夢を視たシリパさんに連絡を取ってみよう…
落ち着かないまま翌朝を迎えた。布団から飛び起きたマリは居間に下りて朝刊の日付を見た。余市に行ってから2日が過ぎていた。正常に戻っていた。大きく安堵のため息をついてソファーに座り込んだ。昨日の空白の一日、あれはいったいなに…?そうだ、あとでシリパ姉さんに電話しよう。朝食を終え、9時を待って電話をした。
「シリパ姉さん?」
「マリ…そろそろ電話くる頃だと思ったよ」
「もしかして、シリパ姉さんも時間が変になったの?」
「そう、私も一昨日を2回繰り返した。ガイドに聞いても教えてくれないから自分で解決しなってことだよ。昨日のことと余市の夢と必ず関係してるはずなんだ。
それが解けたら全体像が見えると思う。私とあんたは同じ事を学んでいる気がするんだ。ポイントはそこだよ…」
「うん、分かりました。でも、シリパさんは分かるけど何で私が?さっぱり分かりません」
「とにかく同じなにかを学ぼうとしてるの、だから目を背けたら駄目…」
「ハイ、分かりました」そう言って電話を切った。
マリは机に向いメモをとった。余市・ニッカ・箱・封印・六に源せよ…なんだろう?マリは皆目見当がつかなかった。
それから数日が過ぎ、マリは街に墨を買いにやってきた。いつもの書道具店に入った。
「この墨下さい」
「はい、二千円です」
「はい」
「ありがとうございます。あっ、そうだマリちゃん、花岡先生入院したって知ってる?」
「えっ、ジッタが…なんでですか?」
「それが原因は知らないんだ…なんでも書道部の生徒の話だと、一ヶ月前に札幌医大に緊急入院したって聞いたけど、病名は詳しく知らないって」
「そうですか・…ジッタが入院…?」
マリはその足でショップTGに寄った。
「店長、ジッタ先生が入院したって知ってます?」
「いや、ジッタ入院したのかい……?なんで?」
「私も今、書道具店の店主に聞いたとこなの」
「僕も全然聞いてないよ、どうしたんだろね?」
「分かりました。学校に問い合わせてみます。分かったら店長に連絡します」
「マリちゃん頼むね」
マリは足早に駆けだしていった。
「こんにちは、すみませ~ん」職員室の引戸を開けた。
遠くから声がした「あれ?マリ…?マリじゃないか」
英語教師の三宅だった。
「三宅先生、お久しぶりです」
「マリ、どうした?珍しいじゃないか。元気だったのか?」
「はい、元気です三宅先生もお元気そうで」
「うん、僕はこのとおり元気だ。で、今日はどうした?」
「花岡先生が入院したって噂を聞いたから確かめに来ました」
「そっか・・・でも、ジッタ先生には他言するなって言われてるから」
「じゃあ、医大に入院って本当なんですね?」
「実はそうなんだ。もうひとつき前になるかな。突然、頭が痛いから、学校を休んで病院に行くって休暇とったんだ。病院の待合室で待っててその場で倒れたらしい。そのまま小樽の病院から札幌医大に急搬送されたんだ。脳梗塞だったらしい」
「脳梗塞って何ですか?」
「血栓つまり血の固まりが脳の血管を詰まらせるんだ。詰まった血管の箇所から後ろに血が流れないから、その先の脳が死んでしまうという怖い病気なんだ。 生き残っても半身麻痺とか言語障害や記憶障害などの後遺障害が出る場合も多いらしい。 重い場合は寝たきりもあるんだ。ジッタは右半身に軽い麻痺が残ってるみたいで、今はリハビリ中ということだ」
マリはじっと下を向いたまま三宅の話を聞いていた。
「三宅先生、話していただいてありがとうございます。わたし医大に行ってきます」
「うん、励ましてやってくれ。学校は先生の復帰を待ってるからって。宜しく伝えてくれ」
マリはその足で小樽駅から札幌行の電車に飛び乗った。
私…ジッタの一大事を全然知らなかった。吉祥寺までわざわざ私のこと心配で見に来てくれたジッタの一大事を…
地下鉄に乗り換えて病院へ駆けつけた。一〇三八号室、ここか。どんな顔したら好いの?病室の前でもじもじしていた。
その時だった。
後ろから「マリ…」蚊の鳴くようなか細い声だった。
マリは声のする方を振り返ると、目はおちくぼみ頬もこけて青白い顔の男が立っていた。 そう、そこにいたのは精気の弱々しいジッタだった。
マリは力なく「ジッタ、なんで?なんで黙ってたのさ…調子はどうなの?」言い終えたマリはそのまま顔を下に向けてしまった。
「マリ、見舞いに来てくれたのか……すまないな」
「どうなの?」
「なにが?」
「身体の具合・・・」
「ああ、今は体力無いけど、すぐ回復してまた学校に復帰するよ」
「今後じゃなくて、今はどうなの?」
「うん、ハッキリいっていまいちかな…」
「私に出来ること無いの?」
「今はないけど、退院したらテージの店でまたみんなで騒ぎたいな…」
「そんなんじゃなく今、今私の出来ること!」
「どうしたマリ、いつもの元気が無いじゃないか?」
「こんな状況で元気出せないよ…」
「そっか、マリもいっちょまえに気を遣うんだ…」
「うん使うよ……いっぱい使う。ジッタが……」
「ジッタがどうした?」
「なんでもない…そうだ、なにか食べたい物や、読みたい本とか無いの?」
「…なんにも無い…早く娑婆に戻りたいよ」
「うん、待ってる…必ず戻ってね!約束だからね…」
「うん、約束する。待っててくれ」
「ジッタわたし…」
「なに?」
「さっき三宅先生に話聞いて、そのまま急いで来たからなにもお見舞いを持ってこなかった。これから街でなんか買ってくる、食べたいものとかある?」
「いい、遠慮するよ…退院したらご馳走してくれ」
「今がいいの、今してあげたい…今させて…」
「……マリ、ありがとう…じゃあ、新倉屋のごま団子食べたいかな」
「うん、狸小路に新倉屋あるから買ってくる…」
マリはそのまま病室から出て行った。
遠くから様子を伺っていた看護師が「教え子さんですか?」
「はい、教え子です」
「なんか凄く気落ちして淋しそう…花岡さんのこと凄く慕ってるんですね。遠くから見ていてもよく分かります」
「そうですかね?ぼくにはいつもため口効いてますけどね…」ジッタの表情は憂いを含んでいた。
「気のゆるせない人には、ため口なんて使えません。慕ってるんですね、とっても好い間柄です」
1時間ほどしてマリが病室を訪れた。
「買ってきたよ」包みを差し出した。
「ありがとうな、マリも一緒に食べよう、一緒にどうだ?」
「うん」
「それにしても今日は、何時になくおとなしいな?」
「だって、ジッタの一大事だから…」
「なんだマリ…先生のこと心配してけれるのか……?」
「だって、私を貰ってくれるんでしょ」
「貰うって…嫁さんってことか…?」
「うん」
「馬鹿だね……お前、本気にしてたのか?」
「なんで?ジッタがそう言ったじゃん。高校の時も卒業してからも…何回も…何回も云ったジャン…」
「マリ本気にしてたの?」
「してたもん…したら悪いの?」
「そっか、悪いけど忘れてくれ。先生馬鹿だった」
「どういうことさ?」
「うん、先生な…たぶん長く生きられないと思うんだ」
「なにが?小脳梗塞って運動機能で生き死に関係ないって聞いたけど」
「うん、調べて分かったんだけど、他に悪性の腫瘍が発見されて手術ができない所にあるんだ。それがたったひと月で大きくなったんだ。このまま大きくなったら身体に麻痺がおこる可能性あるんだって」
「なにそれ?なんか好い薬とか治療方法は無いの?」
「うん、今のところ無いらしい」
いきなり「私帰るから」
「ああ、そっか、今日はありがとうな、マリ」
「また来るから。私、諦め…な…い…から!」
そのまま病室をあとにした。病院を出る前に受け付けロビー横のトイレに入った。瞬間必死でこらえていた涙が溢れてきた。マリは声を殺してただ、ただ、泣いた。
マリは部屋で一日が過ぎるのをじっと待っていた。明日起床して、また日付けが変わっていないようだったら、とりあえず同じ夢を視たシリパさんに連絡を取ってみよう…
落ち着かないまま翌朝を迎えた。布団から飛び起きたマリは居間に下りて朝刊の日付を見た。余市に行ってから2日が過ぎていた。正常に戻っていた。大きく安堵のため息をついてソファーに座り込んだ。昨日の空白の一日、あれはいったいなに…?そうだ、あとでシリパ姉さんに電話しよう。朝食を終え、9時を待って電話をした。
「シリパ姉さん?」
「マリ…そろそろ電話くる頃だと思ったよ」
「もしかして、シリパ姉さんも時間が変になったの?」
「そう、私も一昨日を2回繰り返した。ガイドに聞いても教えてくれないから自分で解決しなってことだよ。昨日のことと余市の夢と必ず関係してるはずなんだ。
それが解けたら全体像が見えると思う。私とあんたは同じ事を学んでいる気がするんだ。ポイントはそこだよ…」
「うん、分かりました。でも、シリパさんは分かるけど何で私が?さっぱり分かりません」
「とにかく同じなにかを学ぼうとしてるの、だから目を背けたら駄目…」
「ハイ、分かりました」そう言って電話を切った。
マリは机に向いメモをとった。余市・ニッカ・箱・封印・六に源せよ…なんだろう?マリは皆目見当がつかなかった。
それから数日が過ぎ、マリは街に墨を買いにやってきた。いつもの書道具店に入った。
「この墨下さい」
「はい、二千円です」
「はい」
「ありがとうございます。あっ、そうだマリちゃん、花岡先生入院したって知ってる?」
「えっ、ジッタが…なんでですか?」
「それが原因は知らないんだ…なんでも書道部の生徒の話だと、一ヶ月前に札幌医大に緊急入院したって聞いたけど、病名は詳しく知らないって」
「そうですか・…ジッタが入院…?」
マリはその足でショップTGに寄った。
「店長、ジッタ先生が入院したって知ってます?」
「いや、ジッタ入院したのかい……?なんで?」
「私も今、書道具店の店主に聞いたとこなの」
「僕も全然聞いてないよ、どうしたんだろね?」
「分かりました。学校に問い合わせてみます。分かったら店長に連絡します」
「マリちゃん頼むね」
マリは足早に駆けだしていった。
「こんにちは、すみませ~ん」職員室の引戸を開けた。
遠くから声がした「あれ?マリ…?マリじゃないか」
英語教師の三宅だった。
「三宅先生、お久しぶりです」
「マリ、どうした?珍しいじゃないか。元気だったのか?」
「はい、元気です三宅先生もお元気そうで」
「うん、僕はこのとおり元気だ。で、今日はどうした?」
「花岡先生が入院したって噂を聞いたから確かめに来ました」
「そっか・・・でも、ジッタ先生には他言するなって言われてるから」
「じゃあ、医大に入院って本当なんですね?」
「実はそうなんだ。もうひとつき前になるかな。突然、頭が痛いから、学校を休んで病院に行くって休暇とったんだ。病院の待合室で待っててその場で倒れたらしい。そのまま小樽の病院から札幌医大に急搬送されたんだ。脳梗塞だったらしい」
「脳梗塞って何ですか?」
「血栓つまり血の固まりが脳の血管を詰まらせるんだ。詰まった血管の箇所から後ろに血が流れないから、その先の脳が死んでしまうという怖い病気なんだ。 生き残っても半身麻痺とか言語障害や記憶障害などの後遺障害が出る場合も多いらしい。 重い場合は寝たきりもあるんだ。ジッタは右半身に軽い麻痺が残ってるみたいで、今はリハビリ中ということだ」
マリはじっと下を向いたまま三宅の話を聞いていた。
「三宅先生、話していただいてありがとうございます。わたし医大に行ってきます」
「うん、励ましてやってくれ。学校は先生の復帰を待ってるからって。宜しく伝えてくれ」
マリはその足で小樽駅から札幌行の電車に飛び乗った。
私…ジッタの一大事を全然知らなかった。吉祥寺までわざわざ私のこと心配で見に来てくれたジッタの一大事を…
地下鉄に乗り換えて病院へ駆けつけた。一〇三八号室、ここか。どんな顔したら好いの?病室の前でもじもじしていた。
その時だった。
後ろから「マリ…」蚊の鳴くようなか細い声だった。
マリは声のする方を振り返ると、目はおちくぼみ頬もこけて青白い顔の男が立っていた。 そう、そこにいたのは精気の弱々しいジッタだった。
マリは力なく「ジッタ、なんで?なんで黙ってたのさ…調子はどうなの?」言い終えたマリはそのまま顔を下に向けてしまった。
「マリ、見舞いに来てくれたのか……すまないな」
「どうなの?」
「なにが?」
「身体の具合・・・」
「ああ、今は体力無いけど、すぐ回復してまた学校に復帰するよ」
「今後じゃなくて、今はどうなの?」
「うん、ハッキリいっていまいちかな…」
「私に出来ること無いの?」
「今はないけど、退院したらテージの店でまたみんなで騒ぎたいな…」
「そんなんじゃなく今、今私の出来ること!」
「どうしたマリ、いつもの元気が無いじゃないか?」
「こんな状況で元気出せないよ…」
「そっか、マリもいっちょまえに気を遣うんだ…」
「うん使うよ……いっぱい使う。ジッタが……」
「ジッタがどうした?」
「なんでもない…そうだ、なにか食べたい物や、読みたい本とか無いの?」
「…なんにも無い…早く娑婆に戻りたいよ」
「うん、待ってる…必ず戻ってね!約束だからね…」
「うん、約束する。待っててくれ」
「ジッタわたし…」
「なに?」
「さっき三宅先生に話聞いて、そのまま急いで来たからなにもお見舞いを持ってこなかった。これから街でなんか買ってくる、食べたいものとかある?」
「いい、遠慮するよ…退院したらご馳走してくれ」
「今がいいの、今してあげたい…今させて…」
「……マリ、ありがとう…じゃあ、新倉屋のごま団子食べたいかな」
「うん、狸小路に新倉屋あるから買ってくる…」
マリはそのまま病室から出て行った。
遠くから様子を伺っていた看護師が「教え子さんですか?」
「はい、教え子です」
「なんか凄く気落ちして淋しそう…花岡さんのこと凄く慕ってるんですね。遠くから見ていてもよく分かります」
「そうですかね?ぼくにはいつもため口効いてますけどね…」ジッタの表情は憂いを含んでいた。
「気のゆるせない人には、ため口なんて使えません。慕ってるんですね、とっても好い間柄です」
1時間ほどしてマリが病室を訪れた。
「買ってきたよ」包みを差し出した。
「ありがとうな、マリも一緒に食べよう、一緒にどうだ?」
「うん」
「それにしても今日は、何時になくおとなしいな?」
「だって、ジッタの一大事だから…」
「なんだマリ…先生のこと心配してけれるのか……?」
「だって、私を貰ってくれるんでしょ」
「貰うって…嫁さんってことか…?」
「うん」
「馬鹿だね……お前、本気にしてたのか?」
「なんで?ジッタがそう言ったじゃん。高校の時も卒業してからも…何回も…何回も云ったジャン…」
「マリ本気にしてたの?」
「してたもん…したら悪いの?」
「そっか、悪いけど忘れてくれ。先生馬鹿だった」
「どういうことさ?」
「うん、先生な…たぶん長く生きられないと思うんだ」
「なにが?小脳梗塞って運動機能で生き死に関係ないって聞いたけど」
「うん、調べて分かったんだけど、他に悪性の腫瘍が発見されて手術ができない所にあるんだ。それがたったひと月で大きくなったんだ。このまま大きくなったら身体に麻痺がおこる可能性あるんだって」
「なにそれ?なんか好い薬とか治療方法は無いの?」
「うん、今のところ無いらしい」
いきなり「私帰るから」
「ああ、そっか、今日はありがとうな、マリ」
「また来るから。私、諦め…な…い…から!」
そのまま病室をあとにした。病院を出る前に受け付けロビー横のトイレに入った。瞬間必死でこらえていた涙が溢れてきた。マリは声を殺してただ、ただ、泣いた。