私はマリだけどなにか?
7「私はマリ、時間が変だけどなにか?」

 マリが小樽に帰省してふた月が過ぎた。朝食を済ませのんびりソファーに横になってると携帯が鳴った。着信は花子だった。

「もしもし花さん。突然どうしたの?」

「マリ元気してたかい?」

「はい」

「先週吉祥寺に寄ったら、マリが小樽に帰ったって聞いて今電話した」

「花さん元気してました?」

「うん、私は元気。今小樽かい?」

「はい、小樽です」

「じゃぁ、早速なんだけど小樽駅に迎えに来てくんない?」

「えっ、花さん小樽なんですか?」

「そう、小樽」

「分かりました20分ぐらいで着きますから。正面のビル地下にConaコーヒーがありますから、そこで少し待っててもらえますか?」

マリはまさか花さんが小樽に来るとは思ってもみなかった。Conaコーヒーでは花子が笑顔で座っていた。

「花さん・・・ビックリしました。どうしたんですか?小樽に来ると思ってなかったです」

「うん、気が向いたから北海道でも散歩しようかと思ってね」

「そうですか散歩ですか・・・・」

「そう、散歩」

「あの後何処に行ったんですか?」

「沖縄から九州、四国、中国、関西、そして北海道」

「もう昼ですし、せっかく小樽に来たんですから寿司でも食べませんか?ご馳走させて下さい」

「うん、まかせる」

それから二人は都通を歩き寿司屋通りに入った。

「ここの店を出てすぐに、スピリチュアルショップがあって、そこでパートしてたんです。チョット寄ってきません?私が小樽に戻った時、花さんの話で盛り上がったんですよ。突然花さんが顔出したら店長はひっくり返りますよ」

「じゃぁ、食べたら行こうか」

そうして二人はショップに立ち寄った。

「店長、シゲミさんこんにちわは」

「おや、マリちゃんいらっしゃい?」

「お友達?」

「はい、花子さんっていいます」

「うそっ、またまたマリちゃん僕を騙そうとして」

「初めまして、花子です」

「えっ!マジで、小樽に花子さんが」そのままテ~ジは固まってしまった。

「おう、マリ来たのかい、あんたはもしかして?」

マリが「そう、噂の花さんです」

「え~!あっ、私はシゲミです。初めまして」

「花子です初めまして」

「いつ小樽に来られたのですか?」

「今日北海道に来て千歳空港で電車の時間を見てたら、小樽行の快速があったので乗りました」

店長が「こんな事なら、聞きたい話し用意しておけばよかったさぁ~」

シゲミが「店長また沖縄人になってるべ」

マリが「花さん、今日は私の部屋に泊まってって下さいよ。何日でも構いませんから、のんびりしてって下さい」

「マリ、ありがとう」

「どういたしまして。私が東京ではさんざんお世話になったのだから、小樽に来た時は私に任せて下さい」

花子が小樽に来た事が一気に知れ渡り、閉店前からショップにいつものみんなが駆けつけ閉店を待った。

そんな中にジッタの顔があった。

「花子さん久しぶりです。本当に来てたんですね。ようこそ小樽へ」

「ジッタさんお久しぶりです。先日はご馳走様でした。楽しかったです」

アヤミも「花子さんの噂は聞いております。お会いできて光栄です」

裏のショップの大広店長も顔を出した。こうして花子を囲んで宴会が行われた。宴会は深夜まで行われた。宴会というよりは終始みんなの質疑応答というかんじになっていた。

店長は「本当に質問に対して淀みなく答えが返ってきますね。どこで学んだんですか?」

「学んだんではなく、正確にいうと思い出した。これは誰でもそうですけど。人間はこの世では思い出せないだけなんです。もっと正確に言うと、この世に生を受け、この世で生活をしてるうちに、魂の記憶の大半を忘れるようにできてるの。私はある切っ掛けで目覚めた状態にあるの。ただそれだけの違いです。皆さんも今日、質問されたことは既に知ってることなんです。いっとき忘れてるだけ。ただそれだけです。悟ったら分かりますが特別なものなんてありません。もし特別というものが存在するなら、全てが特別です。私は、起きてる状態でそのことに気が付いた。ただ、そんだけです」

マリとジッタ以外、個々に質問を投げかけていた。

ジッタが「花さんは今後どうなさるんですか?」

「また吉祥寺に戻ります。質問がある限り答えなくては。それが私の役目であり、生まれる前からの定めだから」

店長が「組織は作らないの?」

「地球もここまで来たらもう組織の時代でないの、組織を作らなくてもちゃんと繫がってるの。このように」

こうして小樽での夜は終わった。それから数日花子はマリの家で世話になり東京に帰っていった。マリは花子が帰ったことで、なにかが終わったと思った。言葉には出来ないが確実に心の中でなにかが消え失せた。

花子が帰って4日目の朝だった。

「お母さん、これから余市に行ってくるから。ニッカウイスキー工場を見学してくる・・・」

「分かったよ、で、なんでニッカなの?」

「私にも分からない、今朝夢でニッカを見学してたら誰かに声を掛けられて目が醒めたの。なにか分からないけどリアルな夢だったからとりあえず行ってみるの。そんなに遅くならないと思う」

「はいよ、行ってらっしゃい」

小樽駅からバスで30分。余市に到着したマリは、そのまま駅の近くにあるニッカ工場に入っていった。大勢の観光客に混ざり一通り工場を見学し、最後の試飲コーナーでひと息ついていた。

今日のリアルなあの夢はなに?あの女の人は誰?マリの夢の舞台はニッカウイスキーの余市工場。見知らぬ笑顔の女の人から箱を渡された。その箱には鍵が掛かっていて『鍵は自分で探しなさい』と渡された。そんな夢で目覚めたのだった。

あの夢はいったいなんだろう?ガラス越しに見える遠くの山々を眺めながらウイスキーを口に含ませいた。

「なんでニッカ?」

景色を眺め1時間ほど経過した。

「わけ解らない、もう帰ろうかな」そう呟きながら席を立とうとしたその時後ろから女性の声がした。

「マリちゃん」

振り向いた。そこに立っていたのはシリパだった。

「シリパ姉さん、こんなところでどうしたんですか?」

「あんね、ここ余市は私の田舎なの。ところであんた帰ってきたなら、みやげ話でも聞かせなさいよね」

「すいませんでした。近々伺います」

「待ってるよ。で?今日はマリひとりかい?」

「はい、ニッカを見学しに・・・」

「嘘言いなさい、なにしにきた?」

「さすがシリパ姉さん」

マリは夢のことを話して聞かせた。

「うっそ、私も同じ夢見てそれで来たんだよ、なんだろね?」

「姉さんもそうなんですか」マリは雑夢でないことだけは確信した。

「もう少し私に付き合いなよ。帰りは私の車に乗っていこうよ。小樽で降ろすから、東京の話し聞かせてよ?」

マリは東京というよりも花子のことを中心に話した。先週その花子が小樽に遊びに来たことも話した。

「そうかい、この3年間で好い経験させてもらったね。なかなか普通の女の子に経験できることじゃないよ」

「はい、好い経験しました。みんなのおかげです」

「で、今後どうするのさ?」

「まだ、決めてません」

「そっか、で書はまだ書いてるのかい?」

「はい、小樽に戻ってからアヤミさんのパート先に置いてもらってます」

「アヤミか、彼女元気かい?」

「相変らずです。双子して元気です」

「え?アヤミは双子なの?」

「えっ、知りませんでした?そっくりでシゲミさんって言いますけど、もっと強烈な人です」

「そうなんだ」

「そうだ、帰りにショップ寄ってきませんか?今日、シゲミさんの出番の日なんですよ」

「そうしようか。面白そう」

余市をあとにした二人はショップTGに向った。

車の中でシリパは「いったいあの夢は何だったんだろうね、二人同時に同じ夢見るなんて」

「そうですよね?」

余市を出て三〇分ほどで二人はショップに着いた。

シゲミから「マリいらっしゃい」

マリが「こんにちは、店長は?」

「さっき札幌に仕入れに行くって出て行ったけど」

「シゲミさん、こちらがシリパ姉さん」

「シリパさん?あのアヤミがよく言うシリパさん」

「シリパです。初めまして」

シリパはマリに視線を向け「ソックリだね・・・」

「私も今だにどっちがどっちだか分からないです・・・」

シゲミは「マリ、ぶっ飛ばすよ! 上品で美人なのが私シゲミ。下品でブリッコで歪な性格がアヤミですから」

3人は客をほったらかしに笑いまくっていた。そこにアヤミがスクーターで駆けつけた。

「シリパ姉さん、どうしたんですか、小樽に用事でも?」

シリパが「こっちが、下品でブリッコで性格が歪なアヤミね」

アヤミは「マリ、あんたかい私のいないところで姉さんになに言ったのさ?」

4人は、またも客そっちのけで話し始め店の外にまで、笑い声が響きわたっていた。
帰宅したマリは今日はいったい何だったの?私達が見たあの夢は?自問自答しながら布団に入った。

翌朝「6に源せよ」金色の綺麗な文字が目の前に現われた瞬間マリは目が醒めた。

「?…又夢?…全然意味分からない」

とりあえず筆と紙を出して忘れないように書にして残した。こんなことしてても時間の無駄か・・・就職口でも探そうか。そう思い立ち、いくつか面接に行ったが断られた。う~ん、寒くなるまでアーケードに座って書を販売しようか。

そして、マリは書道用具店の営業が終わったあと、店の前を借りて座った。見本の文字には「6に源せよ」と書かれた書を飾っていた。
このスタイルは吉祥寺で3年の経験から、座ってすぐに感覚が蘇った。吉祥寺と違うのはアジアから来た観光客の多さを感じた。その中でも中国人は書に対して寛大で、言葉は解らないが誉めてくれている事は理解できた。秋までの間ショップTGへの出品収入と路上販売の収入でしのいでいた。

路上の出店も段々寒く感じてきた。あの二つの夢のことも忘れかけていた頃ひとりの男性がやってきた。腕組みをしながらじっと作品を見て口を開いた。

「僕にもひとつ書いて欲しいな」

「はい、ありがとうございます。好きな字と書体ありますか?」

「字は『源』で書体は問いません。かすれた感じが好きです」

マリは男性を軽く凝視し色紙に一気に「源」という一文字を書いた。

「どうですか?」色紙をみせた。

「うん、ありがとう。これどう使ってもいいのかい?」

「はい、購入されたお客様の物ですから」

「暖簾にしようと思ってるんです」

「なにかご商売でも?」

「はい、ラーメン屋なんです」

「そうですか。どちらで?」

「あれです」

マリの座っている斜め向かいで改装工事中の店を指さした。

「あっ、一週間ほど前から工事してる店はお客さんのお店なんですか」

「うん、やっと念願の店がもてたんです」

「そうですか、おめでとうございます。食べに行きます。頑張ってください」

その後、その書体は暖簾や看板等に採用された。その店から書のことを聞いた客がパッケージなどマリの下に仕事の依頼も徐々に増えてきた。

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