恋は、秘密主義につき。
6-1
金曜日の夜。仕事終わりに真っ直ぐ、私から誘って一実ちゃんといつもの居酒屋さんに来ていました。
時間も早いのに、もう店内は乾杯の音頭や笑い声で賑やか。それでも半個室タイプのここは相談ごとや気兼ねなくお喋りがしたい時には、うってつけです。


「エッ、佐瀬サンに告ったの・・・?!」

それぞれ注文した飲み物で『お疲れさま』の乾杯をしたあと。おずおずと切り出した私に、一実ちゃんは愛らしい目を丸くして呆気に取られ、一瞬フリーズしました。

「・・・あのひと、何て?」

「えぇと、受け止めてくれたというか」

言っていて恥ずかしくなり、赤らんだ顔が見事に緩んでしまったはずです。

佐瀬さんは月曜日からずっと、駅までの迎えを続けてくれていて。
もちろん家まで送ってくれるだけなんですけど。遠回りをして途中、あの公園脇の人けのない場所に車を停め、当然のように黙ってキスをくれるのです。

何も言ってはくれなくても・・・それだけでも。怖いくらいに幸せ。胸の奥が切なく、きゅうと鳴きました。

途端、一実ちゃんが小さく吹き出し、「やだもう!」とコロコロ笑い出しながら目に涙まで浮かべています。

「そこ笑うところですかぁ~っ?」

「ご、ゴメンてばー。だってあんまりに美玲らしいってゆーか! いきなりすぎだし、カワイすぎだしっ」

「勢いで言っちゃったんです。何ていうか、自分でもこうなったのが信じられないくらいで・・・」

思い出して安堵の吐息を漏らすと、ようやく笑いの収まった一実ちゃんがふっと真面目な顔付きに戻って私を見つめた。

「あたしは美玲には本当に好きな人と結ばれて欲しいから、すごく嬉しいって思ってる。大変かもだけど、諦めちゃダメ。・・・明日、許嫁クンと会うんでしょ?」

「はい」

目の前のファジーネーブルのロンググラスに目を落とし、神妙に頷き返す。

「どうするかは決めたの?」

「・・・・・・佐瀬さんには、二人のことはまだ言うなって言われたんです。事情も色々あって・・・」

彼の過去を一実ちゃんに話すつもりはありませんでした。
告白したことを打ち明けたのは、私を心配して励まし、勇気づけてくれた彼(彼女)の純粋な優しさに報いたかったから。

佐瀬さんが言った『しがらみ』とは関係のない誰かに、解かってて欲しかった思いもどこかにあったかも知れません。

「でも。・・・征士君の気持ちに応えられないことは、きちんと伝えるつもりです」

「それがいいって思う。違う人に向いてるのに、ズルズル引っ張ってもしょうがないし。佐瀬サンのことは、それから分かってもらうしかなさそうよね。あのシスコンお兄さんとか・・・」

『事情』の意味を楠田家全体に関わることだと解釈してくれたらしい一実ちゃんは、そう言って溜め息を吐く。
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