恋は、秘密主義につき。
「しばらく会えなかったね。寂しかったよ」

スタンドカラーのシャツに薄手のジャケットを羽織った兄さまは。目の前で相変わらず見とれてしまうほどの美貌に薫るような微笑みを浮かべ、私をそっと引き寄せると頭の天辺に優しく口付ける。

「私もです、兄さま」

顔を見てしまうと会えたのがただ嬉しくて。甘えるように、はにかみながら微笑み返した。

「佐瀬もありがとう。僕の美玲をよく守ってくれてるようだね」

「仕事のウチだからな」

私の腰にやんわりと腕を回したままで兄さまが笑いかけ。向かい合った佐瀬さんは素っ気なく肩を竦めて見せた。

「せっかくだから一緒にどうかな。雇い主じゃなく、友人としての誘いだよ」

「そりゃどーも。・・・悪いが遠慮しとくわ。野暮用もあるんでねぇ」

「残念だね。次は付き合ってもらうから、そのつもりで」

「・・・憶えとく」

交わされる二人のやり取りを、やや呆然と見ていた私は。
佐瀬さんが気怠そうに背を向けて扉の向こうに消えた時、咄嗟に彼を追いかけようとしていました。

「あの、兄さまっ。佐瀬さんに言い忘れたことがあったので、ごめんなさい・・・!」

引き留めたかったわけじゃなく。
このまま離れがたかった。・・・そんな衝動だったのかもしれません。

「佐瀬さん・・・っ」

個室ロビーの入り口に向かって歩く後ろ姿を呼び止め、駆け寄る。
絨毯に吸い込まれて靴音が殺され。
振り向いた胸元に真っ直ぐ飛び込んだ。
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