そのままの君が好き〜その恋の行方〜
その日、私は由夏に誘われて、東京ドームに来ていた。3月も半ばになった日曜日。プロ野球開幕まで2週間を切り、ファンのボルテージも徐々に上がって来るこの時期。季節は着実に、春へと衣替えを進めている。


Eが、Gの本拠地に乗り込んでのオープン戦。この日、キャンプから好調を続ける塚原くんが、2番手で登板する予定になっていた。ここで、結果を残せば、プロ入り初の一軍ベンチ入りが、グッと現実に近づく。


由夏のこの日の緊張ぶりは、尋常ではなかった。大学を出てから4年目、お正月休みも返上して、背水の陣で臨んだ今年。いよいよチャンスをこの手に掴み取ろうとしている塚原くん。そんな恋人への由夏の思いは、わかり過ぎるほどわかる。


「お客さん、入ってるね。」


「うん・・・。」


三塁側、Eの応援席に陣取った私達。オープン戦とは思えないくらいに埋まったスタンドを見て、私は由夏にそう話し掛けるけど、由夏は固い表情で頷くだけだ。


グラウンドでは、塚原くんが一塁側ベンチに赴いて、松本省吾(まつもとしょうご)先輩に挨拶している。私達にとって、高校の1年先輩である松本さんは、今やGの、いやプロ野球界有数のスラッガーだ。塚原くんと先輩の対戦はあるのだろうか。


試合は、Eが初回に2点を先制したあとは、両チーム0が続く。Eの先発ピッチャーは開幕ローテーション入りが確実な主力投手で、5回をほぼ完璧な内容で投げ終えた。予定では、このあと6回から塚原くんが投げると昨日、グループLINEで本人が言ってた。


「ゴメン。」


「えっ?」


「今日、ほとんど加奈としゃべってない。これじゃ、一緒に見てる意味ないよね。」


いつもは、明るくておしゃべりな由夏が、文字通り、真っ青な顔で言う。


「そんなことないよ。」


そんな由夏の緊張を少しでも解してあげられればと、私は微笑む。


「正直、もう帰りたい。聡志の出てる試合、小学生の頃からだから、本当に何試合見たかわからない。活躍した時も、ダメだった時もあるけど、結果を見るのが怖い、逃げ出したいって思ったのは初めてだよ。」


「大丈夫だよ。努力はウソをつかない。塚原くんを信じようよ。」


そう言って由夏を励ますけど、実は私も結構緊張している。


そして、ついに塚原くんの名前が、コールされる。数少ないけど、三塁側のEファンから拍手が送られる。


マウンドに上がった塚原くんは、力強くピッチング練習を開始する。素人目には、凄く速い球を投げてるように見えるけど、私にはキャッチャーの塚原くんの方が見慣れているから、なんか不思議な気分だった。
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