そのままの君が好き〜その恋の行方〜
6月、私達公務員は異動の時期。私はもう1年、続投へ。入省以来、私を暖かくも厳しく指導してくれた課長は異動となり、近藤さんも希望が叶い、異例の1年での異動となった。


あの日以来、めったに言葉を交わすこともなくなった私と近藤さんだが、辞令が降りた日、久しぶりに昼食を共にした。


「おめでとうございます。」


本人の希望が叶っての異動なのだから、そう言うべきだと思ったから、そう言ったのだが、私の気持ちは複雑だった。


異動先はほぼ残業もないらしく、そういう意味では、今の近藤さんにとっては、願ったりの環境だろうけど、本省を離れるという現実が、近藤さんの今後の公務員人生に与える影響を思うと、手放しでは喜べない気がしたからだ。


「結局、今の俺にとって、1番大切なもの、大切な時間はなんなのか、それを考えれば、答えは1つだからね。」


しかし、近藤さんの表情には一点の曇りもなかった。他人の私があれこれ気に病む必要なんか、全くないようだった。


「桜井さんには、本当に世話になった。君に助けてもらってなければ、あの時点でギブアップだった。」


「いえ、とんでもないです。少しでもご恩返しになったんなら、嬉しいです。」


私の方こそ、入省してしばらく、本当に使えなかった頃、近藤さんにどれだけ助けてもらったことか。


「ご恩返しなんて・・・ 桜井さんは、やっと自分の能力を発揮出来るようになっただけだよ。それは君自身の努力の賜物だし。まぁ、元教育係としては、安心して異動出来るのは確かだけど。」


そう言って、笑う近藤さん。


「立ち入ったことをお聞きしますが、奥さんはやっぱり・・・。」


「うん。なんだかんだでもう4ヶ月だからなぁ。今更戻って来られても困るし、あれだけママ、ママ言ってた娘も、今じゃ、アイツのことを口にすることもなくなった。」


「そうですか・・・。」


「時が解決するって言うのは、本当かもしれないよな。最近は『加奈ちゃんはもう来ないの?』だから。」


「本当ですか?私も絵里ちゃんに久しぶりに会いたいです。」


「そっか。じゃ、機会があったら、また遊んでやってくれよ。なかなか難しいだろうけどね。」


笑いながら、そう言うと近藤さんは席を立った。
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