そのままの君が好き〜その恋の行方〜
この日は朝から雨だった。


「俺の異動をみんなが悲しんでるって、ことか?」


「単に梅雨だからじゃないですか?」


「なんだ、冷たいな、桜井くん。」


新人の頃は、とても厳しかった課長と、こんな軽口を叩けるようになった私。その課長は、退庁時間間際になって、課員ひとりひとりのデスクを回って、お別れの挨拶をしてくれた。


「桜井くん、元気でな。君には期待してる、まぁ課は違ってしまうが、同じ省内だ。なにかあったら、いつでも相談に来なさい。」


「ありがとうございます。課長のご指導のお陰で、なんとかこれからも、やって行ける自信が付いたと思います。お世話になりました。」


私は課長に頭を下げた。私にとっては、初めての直属の上司の異動。最初の1年は厳しく指導され、次の1年はとても信頼してくれた上司との別れに、私は少しおセンチになっていたが、先輩達は、あっさりとしたものだった。官僚にとって、異動は出世のパスポートであり、またありふれた風景の1つに過ぎないようだ。


課長が、みんなから贈られた花束を持って、退庁して行ったあとも、私は仕事を続け、結局この日は、役所を出たのは、9時を過ぎていた。


携帯を確認するけど、沖田くんからのメールは入ってない。お互いの職場が異動の時期に入って、少し落ち着くまで、デートの約束も見合わせている状況の私達だけど、このところメールのやり取りも減っている気がする。


向こうから来なくても、私の方からすればいいんだけど、なんかその気になれず、傘をさして、歩き出そうとした時だ。


フッと前を見ると、誰かが建物を見上げるように立っている。誰だろうと思って近づいてみると


「近藤さん。」


「桜井さんか。遅くまでお疲れさん。」


私の顔を見て、笑顔になる近藤さん。


「どうしたんですか?」


私は今日は遅くなることがわかってたし、近藤さんは早く上がるだろうと思っていたから、私は昼のうちに挨拶を済ませていた。


「同期の連中が最後に、送別会を開いてくれて、さっき終わったところだ。」


「絵里ちゃんは大丈夫なんですか?」


「うん、オフクロが来てくれてるから。」


そんな会話を交わす私達。


「何をされてたんですか?」


「うん。見納めだなって思ってさ。」


そう言って、寂しそうに笑う近藤さん。


「これしか道はなかったと思ってるし、悔いはないつもりだったけど、やっぱり寂しいな。」


「近藤さん・・・。」
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