花のOLは寿退社が希望です~フレグランスは恋の媚薬

9、その化粧のニオイは公害デス!

「すごいニオイ、、」

会場は庭園がきれいな洋館を貸しきっての贅沢なものである。
待ち合いは、選りすぐりのきれい処がさらに美しく装って集結していた。

そのため、待ち合いはもあっとした化粧品の匂いと女の熱気が充満している。
それらが混ざりあって、もはや公害レベルのクサさだ。

「外に、、、」
くらくらと来て、紗良は一歩も入れずに高崎部長と庭に出る。

「す、すごいな女は」

高崎部長も、女が醸し出す毒気に当てられている。
色とりどりのドレスに振り袖など、10人ぐらいいただろうか。
スーツ姿もいたが、マスコミや二階堂清隆を得ようと思っていない会社なのだろう。

神野紗良は、胸元は大きくひらき、体のラインにぴったりと沿う、足元長め、脚のサイドにスリットが入る、すっきりとしたドレスである。
市販のドレスに詩乃の手なおしが入った、紗良のためだけのものである。
そのスリットはももの真中上ぐらいからあるが、ウエスト部分で布を重ねているために、大股で歩かない限りそう上まで脚を見せることはない。

髪はさやかお薦めの、エアリーパーマをかけてもらう。
その髪をアップにし、襟足を見せる。

耳には控えめなピンクダイヤのひとつぶピアス。
首には主催のC社のシルクのスカーフを巻く。
靴はピンクの8センチヒール。
脱げないようにアンクルストラップ付である。


メイクは自社の無香料ラインを使う。
それは、後のフレグランスの展開を視野に入れての紗良が提案したコスメフルセットである。

香りがあると、スキンケアでもリラックスして豊かな気持ちになれるのだが、装った後にフレグランスを纏う場合には、化粧品のニオイがフレグランスと喧嘩するので、ならばフレグランスを活かすために、化粧品のニオイを押さえよう、ということで作ったものである。

厚化粧に見られたくない人や、女子たちが集まる職場で働くOLにそのラインは熱烈に支持されていた。


「高崎部長、ずっとわたしのそばにいてくださいね」
既に、肌見せドレスに眼がねなしのばっちりフルメイク、くるくる髪の毛に紗良はもはや自分が自分ではない気がしている。

「もちろんだ」

高崎部長は、美しく変身した部下にご機嫌で腕を掴ませている。
高崎部長は紗良のドレスに合う、タキシードで決めている。

紗良は振り袖姿が待ち合いから出てきたのを見た。だれだか分からない。
相手もそうであるようだった。

「もしかして、K王の山田さんでは!」
先に気がついたのは高崎部長だった。
「もしかして、そちらはA社の、神野さん!普段がアレだからわからなかったわ!」

K王の山田美嘉とはよくイベントでも顔を合わせるばっちり決めている若手の美人である。
実力派で、売り場から本社へという経歴は紗良と非常に似ている。
K王も二階堂清隆を狙っている!

「今日は楽しみだわ!二階堂さんの、受賞したフレグランスも試せるというし、あの通り、イケメンでしょう?
他にも化粧品メーカーだけで7社、香水専門の会社は5社ほど来ているわよ。
この着物すごいでしょう?総絞りのとても手の込んだ逸品よ」

山田美嘉は歩く伝統工芸品のようである。
ただ、メイクがあか抜けしすぎていないか?

「ではそろそろ会場がオープンするわね、二階堂清隆はわたしがもらったわ!」
不敵に山田美嘉は笑い、くるっと後ろを見せた。

紗良はふくら雀に結んだ帯結びの下のおはしよりがピンと跳ね上がっているのを見てしまう。

「美嘉さん、ちょっと待って、おはしよりが跳ねてる」

彼女のおしりを撫でるように整える。

「座ったりすると跳ね易くなるから、立ち上がる度に、おしりをさりげなく確かめるといいわ。それからきれいなふくら雀を潰さないように、背筋を伸ばして、椅子の背にもたれないでね」

思わず着物のアドバイスをしてしまう。

「ありがとう。気を付けるわ。
着物って面倒よねえ」

山田美嘉は柄になく少し顔をあからめながらお尻に手を当てる。
確実にわかってもらうためにその手を取って、紗良はおはしよりをさわらせた。

「今のこの状態なら大丈夫」
山田美嘉は何度もお礼をいいながら、会場に入る。

「敵に塩を送るってお前なあ、、」
高崎部長はボソッという。

「だっておはしよりが立っていたら恥ずかしいじゃないですか!後ろ姿は見えないのですから」

紗良は続々と会場に入る着物姿のライバル達をみた。
この中で本当に着物を着なれている人がいるか、疑問である。

寿退社を疑わず、花嫁修行をしていた時代に、様々なことを学んでいた。
着付けのお免状も持っている紗良である。お茶のお稽古には毎回小紋の着物を自分で着付けて参加していた。

美嘉以外にも、恥ずかしい状態になっていないか少し気を付けていてあげようと思う。

パーティーは、紗良も着物でも良かったのだが、二階堂清隆の賞は、ジュエリーコンペティションの中のフレグランス賞である。

着物にジュエリーは似合わないし、フレグランスもジュエリーを身に付けたドレスに合うような香りのはずだと紗良は思う。

会場に入る。
明るい照明に、多くの正装したゲストとカメラを手にしたマスコミ。

正面には司会と今回の受賞作のジュエリーの入ったガラスケースがいくつか並び、二階堂のフレグランスはサテンの布を被せた丸テーブルの上に、いくつも積まれていた。

二階堂の実家は日本家屋だった。
家業は古くから続くお香屋。
二階堂清隆の着物姿は素敵だろう。
彼も正装と言えば着物なんだろうか、と紗良は思う。

着物にすれば良かったかな~、なんて思い始めたタイミングで、高崎部長は紗良に囁く。
「神野が一番きれいだな。付き添いとして鼻が高いよ」
「そ、それは良かったです、、、」

司会が協賛会社をあげている。
その中に、誰もが知っている最大手の商社の名前。
別れた真吾の商社だった。
ちくりと胸が痛いのは気のせいだろう。

そろそろ、主賓の登場だった。


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