花のOLは寿退社が希望です~フレグランスは恋の媚薬

10、先んずれば人を制す!

受賞に際してのフランス本社のCEOからの挨拶、日本子会社の社長の挨拶の後に、二階堂清隆が登場する。

二階堂清隆は大抵の予想を外して、ブラックタイのタキシード。

司会者からフレグランスを手渡され、胸元に置かれたとき、フラッシュが一斉にたかれる。

空港に迎えに行った時の彼は無愛想だったが、舞台の彼は素敵だった。
静かに紡ぐ言葉は知的さを感じさせる。
質問に笑顔で答える姿は、大人の余裕さえ感じさせる。
調香師という裏方の仕事をしている感じではない。

「、、、ジュエリーに合う、ゴウジャスなフレグランスをご自由にお試しくださいね。
それと、今日お越しの方で、素敵な方にはこっそりと受賞の香水をプレゼントするかもしれません。
今日の喜びの記念にお持ち帰りいただけたらと思います」
と締めくくる。

そういった二階堂清隆の目が、紗良を見たような気がするのは気のせいか?

「二階堂から香水をゲットするんだ」
高崎部長は言う。
紗良はうなずいた。

今日ここに来た目的は、彼にきれいと認めさせ、心を動かし、フレグランス作りの約束を取り付けることである。

すべての挨拶が終わり、立食パーティーに移りアルコールが入ると、場の緊張感がぐっとほぐれる。
たちまち、二階堂清隆に女子たちが群がる。

「わたしたちは、出遅れてしまっていないか?」
高崎部長が言う。
「完全に出遅れてマス」

今から人集りの輪の外に混ざっても話をできる気がしない。
紗良は、並べられた華やかな食事を指した。

「ならいっそのこと、部長、先にいただきませんか?
二階堂さんは、彼女たちが落ち着いた頃に挨拶に参りましょう」

紗良と部長が美味しい料理の数々に、使命を忘れて頬を緩ませていた。
そのうちに、部長は知り合いのマスコミ関係者と話始めた。
紗良も何度かイベントで顔馴染みのカメラマンなど見つけるが、先方はピンと来ていないようだった。

次はデザートをとケーキを物色しているその時、肩に手を置かれた。
思いがけない馴れなれしさにビクッとする。

「まさか、紗良?」
聞き覚えのあるその声。
「真吾!?」
「やあ、三年振り?」
真吾はスーツをびしっと決めていて、記憶よりもずっと精悍な顔立になっていた。彼は、頬を上気させていた。

「きれいすぎて紗良だとわからなかった!運命の再会じゃないか?
僕は、フランスに仕事でこの一年程いっていたんだ。
このコンペティションにも色々関係していて。
紗良はまだA社で頑張っているの?」

なんだか、居心地が悪くて背中がうずうずする。
紗良が結婚間近と思っていた時に、こっぴどく自分を振った彼が、喜んで世間話ができると思っているらしいのが不思議である。
返事をするまでもなく、立ち去りたい。

「い、今は企画室にいて何でも屋なの」
「ふうん?」

目を細めて真吾は紗良を見る。
その目は真意を探ろうとしている目だった。
この、全身から醸し出す、ほっといてオーラを感じて欲しいと切に思う。

「結婚は?ずっとしたがっていた」

そんなことどうだっていいでしょう、という言葉を飲みこんだ。

「今は仕事が面白くて結婚なんて考えられないわ」
「そうなの?紗良は、、、変わったね」
真面目な顔を真吾は作った。
「紗良がデートの時にでも、こんな風にセクシーに装ってくれたら、、」
「ちょっと、真吾、何を言い出すの?わたしは仕事中で昔話には興味ないわ!」

一度クロスした真っ直ぐな線が離れていくように、もう彼とは人生では二度と交わることのない赤の他人である。
その道を一方的に突きつけたのはこの男ではなかったか?
古疵をえぐられるとはこういうことなのか?

紗良はデザートを諦め、元カレを振りきろうとする。
高崎部長を探したが、談笑中の彼は遠い。

それより、紗良は手頃な者を見つけた。

人集りを逃れてこちらに歩いてくる、タキシードが信じられないぐらい似合う、今日の主役、二階堂清隆だ。

「じゃあ、わたしはやることがあるので、さよなら」
「僕は日本にいるから連絡をくれたら、、、」
もう、終わりだった。

捕まれそうになる腕を振りきるように、後ろに下り、二階堂清隆の方に大きく一歩踏み出そうとする。

だが、二階堂は思いの他、近くにいて、大きく踏み出した脚が二階堂に絡まり、顔をその胸にぶつける。

紗良は反動で弾かれそうになり、二階堂の大きな手がとっさに腰を支え、自分の胸に引き寄せた。

心臓がドキドキしている。
二階堂の胸は大きくて、安心できた。

「大丈夫か?」

紗良の顔の近くで二階堂は聞く。
低く響く声である。
彼からほのかに漂う和の香り。

「気分が悪いなら外の空気でも吸いに行こうか、紗良さん?」
紗良は首肯く。
二階堂はぎろりと真吾を見てから、紗良と庭園に出る。
緑溢れた日本庭園は、会場の籠った空気と違って清浄だった。

「、、、泣くなよ?せっかく綺麗にしてくれたのに、剥がれる」
「はあ?」

紗良の顔にハンカチが押し付けられた。
紗良の目からはなみだが流れていた。
言われてはじめて気がついた。
あわてて、そっと押さえる。

「あなたが落ち着くまで庭にいよう。
中は臭くて鼻がもげそうだ。
その点あなたは合成の臭いをさせていない。
むしろ、あなたのいい香りがする。何かつけてる?」

調香師にいい香りと言われて嬉しくならない人はいない。

「いえ、今日は香水のパーティーだから、なんにもつけていないわ。あなたのフレグランスを味わおうと思って」

紗良がそういうと、二階堂清隆は本当に嬉しそうに笑った。

その笑顔は、先程までの紗良の胸の中で渦巻いていた不快な感情を、一気に吹き飛ばしたのだった。
< 11 / 20 >

この作品をシェア

pagetop