花のOLは寿退社が希望です~フレグランスは恋の媚薬

11、詰めが甘いと言われます、、(第二話 完)

ぐるっと庭園を一周して会場に戻ると、再び二階堂清隆に、人が集まる。
彼と仕事をしたいメーカーやマスコミ。

紗良と彼の間に割り込んでくる。
結局堪らず、紗良は離れる。

「やっぱり素敵ね、彼」
気がつくと山田美嘉がそばいた。
「仕事でなくてもお近づきになりたいわ」

これは、独り言と思ったらいいのか、女子同士の気軽な会話と思ったらいいのか、それともライバルの牽制か。

「あなたもそう思わない?彼と一緒に二人だけで散歩していたようだけど」
「特に思いません。将来有望な取引相手にしか思えないです」
紗良はいうと、山田美嘉はあらっという顔をして言った。
「そんなにきれいになっても、中身はお堅い神野さんなんだ?」

彼女は顎で二階堂清隆を指した。

「この業界にはじめてのグローバルな賞をもたらしたのが独身イケメン調香師。
話題性もバッチリ。マスコミの面々を見てよ?
彼は一躍寵児になるわよ?
彼と仕事をするのはK王よ。今後10年の独占契約を結ぶ予定。神野さんのA社には申し訳ないけど、、、」

業界1位のK王と5位のA社にはかけられる予算に違いがある。
山田美嘉は手に持ったピンクの小さな紙袋を紗良に示した。

「コレ、二階堂さんからいただいちゃった!」
それには彼のフレグランスが入っていた。
振り袖姿の彼女は確かにきれいだと思う。
自分の付け焼き刃のオシャレはみっともないだけだったと紗良は気分が落ち込んでいく。
彼は山田美嘉のK王を選んだのだ。

ショックで呆然としていると、
「貰えたか?」
と高崎部長。
紗良は首を振る。
高崎部長は意外そうな顔をする。

「わたし、彼のフレグランスを試してから帰ります、、、」
元カレも視野に入り、二階堂をプロジェクトに引き込めないとわかった今、再びいたたまれないような情けない気持ちになってくる。

ご自由にどうぞと置かれている、フレグランスの瓶の前には、香りを試せるムエットがおかれている。
手をのばしてひとつ取ろうとするも、フランス人のおじさまが制した。
彼は確か挨拶をしていた、C社のCEOのデシャン氏だったか?

フランス語で何かまくし立てている。
その顔は笑顔であるが。
何かを訴えようとしているのだが、紗良は意図せずに無調法なことをしてしまったのかも知れなかった。
「??」
紗良は焦り、デシャン氏も焦りだした。
彼は周りを見回し、よりによって「カリヤザキ!」と呼ぶ。
「わ、わたし行きます!!」
逃げようとした紗良の肩はがっつり、おじさまに捕まれる。
おじさまは紗良を逃す気はないようだった。

舞台のただ事でない気配に、会場のゲスト達が集まってくる。
その中には元カレの假屋崎真吾もいて、デシャン氏の通訳を始める。

「あなたにはムエットではなく、直接香水をつけてもいいだろうか?とデシャン氏は言っている」
「直接?いいけど、、」

おじさまは、紗良の手をとって、さっと手首の内側にひと吹きした。
フワッとバラの花をベースにしたゴージャスな香りに包まれる。
紗良は目を閉じて味わう。
まるで、フランスの古城の花の庭にいるようだった。

さらに、おじさまは真吾に何かを言っている。

「そのスカーフを取って、このネックレスをつけてもいいだろうか?と言っている」

おじさまは展示されている、ゴージャスなダイヤのネックレスを取り出している。

「スカーフは邪魔だよ?」
スカーフは大きく開いた胸元を隠すものだ。紗良は思わずスカーフを押さえる。
真吾が構わず取ろうとするが、その前にさらりと割り込み、紗良の後ろについた男がいた。

「俺にほどかせて」

そう囁いたのは二階堂清隆。
紗良の背後に触れんばかりにぴったりとつき、すっと手をのばしてC社のスカーフの結び目をほどき、大きく開いた胸元を晒した。
急に守るものがなくなった素肌に、男の熱い息がかかる。
思わず隠そうと紗良の手が胸にいく。

デジャン氏から二階堂はダイヤのネックレスを受けとり、紗良につける。
ヒヤッと冷たいが、胸のカーブにぴったりと沿い、すぐに肌に馴染んでいく。

「あなたは、コンペで優勝したネックレスとフレグランスを身に纏うに相応しい美しさだ、とデジャン氏は言っている。
あなたをフランスに連れて帰りたい。といっているよ?」

真吾よりも早く、二階堂清隆は訳す。
彼は紗良と真吾を近づけたくないようだった。

二階堂清隆は紗良の後ろから離れない。
紗良の手を己の手でそっと包むようして、胸をさらけ出させる。
そこには煌めくダイヤのネックレスが、ぴったりと収まっている。

再びフラッシュがたかれた。
「気分はどう?」
二階堂は囁いた。

「色とりどりのバラの咲き乱れるフランスの古城で、わたしをさらう素敵な王子さまを待っている美しいお姫様になった気分よ?
手に入らないものは何もない感じ」

うっとりと紗良は言った。
ははっと二階堂清隆は笑う。
「愛さえもか?」
「愛さえも!!」
思わずいう。
再び男は笑う。


そのまま手を引いて、人の輪から離れる。
二階堂清隆は紗良と向かいあった。
紗良のそばに真面目な顔をした高崎部長が立つ。

「デジャン氏が、あなたが1番だと選んだ。
わたしのフレグランスは約束通りあんたのところで作ることに決めようと思う。
仕事の条件を提示してくれ。
この前はあんたの熱意だけはよく伝わってきたんだが」

「すぐに作成する」
と高崎部長。

紗良のプロジェクトの肝である調香師が手にはいる話がとんとんと進んでいる。

紗良はやったのだ。
これで、ほぼ8割り方、プロジェクトは成功したも同然のように思えた。
だが、なぜか紗良は慌てた。

「え?でもわたし、香水もらってないわ!」

素敵な女子に渡すとかいっていなかったか?
それが、フレグランスをその会社で作っていいとの意思表示だろうと思っていたのだ。
二階堂清隆は笑った。

「実のところ、香水は女子たち全員へのお土産だ。
ひとりひとり手渡しで来てくれたお礼を兼ねて渡していたんだけど、まだあんたには渡していなかっただけ」

紗良は言われて見回した。
そういわれてみれば、ピンクの小さな紙袋を女子たちは皆持っていた。

紗良が周りを見たそのタイミングで、こちらをにらんでいた山田美嘉が割り込んできた。
彼女も上司を連れている。

「二階堂さん、K王もあなたに専属契約条件を改めて提示させてください。
K王は業界1位の会社よ。
決して、そちらのA社に劣る条件にはならないわ!
決めるはその条件を見てからでも遅くはないと思うわ」

山田美嘉以外にも、彼を獲得しようとする会社の担当者が、数人決死の表情で集まってくる。

二階堂清隆は眉を寄せた。
「俺は、本当に香りについてわかっている人と、豊かな気持ちを感じながら仕事がしたいと思う。
調香師の仕事はとてもデリケートなんだ。
気持ちが入らなければ、人の心を打つ良いものは作れない」

「わたしだって、香りのことはよく勉強しているし、神野さんには負けないわ!」
何人かがわたしだって!と口々に言う。

紗良はハラハラと成り行きを見守る。
せっかく決まったと思ったのに、雲行きが怪しくなってきた。

「おいおい、もう決まったことだから諦めてくださいね」
と高崎部長がなだめにかかるが、ギロリと冷たい視線を浴びてたじたじである。

パーティーのお開きの時間が迫っていた。
各社が引く様子もないので、うんざりと二階堂清隆は言った。

「わかった。あんたたちが本当に香りのことがわかっているとはとうてい思えないのだが、そうまでいうのなら、あんたらの条件とやらの書類を持って、二週間後の土曜日の午後、俺の実家の方に来てくれ。
香りのテストでもしよう。
それではっきりするだろう」

「わかったわ!香り勝負で勝ったところの会社でフレグランスを作ってくれるということなのね」
山田美嘉は念を押す。
その目はギラギラ輝いている。
各社、降って沸いたチャンスに喜びの声を上げる。

「え?いや、二階堂くんはうちのところとだね、、」
高崎部長の言葉は掻き消された。
こういう時の部長は頼りにならない。
その優しさが、女子受けするところではあるのだが、紗良は絞め殺してもいいですか?
と部長に言いたくなった。

二階堂は困ったように紗良に言う。
「ごめん、こんなことになってしまって。
あなたは勝負に勝てると思うから、頑張って」
そういいながらも、この状況を彼は楽しんでいるような気がする。
紗良が勝負に勝てるかどうななんてわからないではないか?

紗良は、全てを手にいれたと思った喜びの絶頂から突き落とされたのだった。


第二話 完
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