好都合な仮死
「たしかに。それはいえてる」
「ね?」
レジの上にある316円を、客はレジ横の募金箱に流し込んだ。
俺は再び腰を左右にひねりながら笑う。この客、俺の夢は叶えてくれなかったけど、ふつうに悪いやつではないのかもしれない。
「善いひとになってくださいね」
「え?」
唐突な俺の言葉に、客が首をかしげた。
今日の、深夜の来客者はこれで終わりかな。
「善いひとになると、自死から離れられますから」
「良いひとになんて、一生かけてもなれないんだけど」
「良いじゃなくて、善いでいいんですよ。周りから良いと思われるように頑張る必要なんてなくて、自分が善いと思えるひとでいいんです。楽でいいんです。善いひとってやつは」
「……できるのかな」
「それがわかるのは、死ぬときなんじゃないすか」
目の前の客が一拍後に、笑った。