世継ぎで舞姫の君に恋をする
第三話 捕虜売買

13、黒馬

ジプサムは報告書を待っていた。
サニジンにも再度、提出させるように念押しをさせる。

「帰国するまでに提出させましょう」

その内容は、モルガン征伐に対してどの隊の誰がどういう動きをしたかという、詳細なものである。

今回に関して言えば、司令官であるジプサムの命令を無視して、独自の判断で動いた部隊があったのは確かであった。

サニジンはその明確な服務違反をジプサムがどのように処理するかを興味深く、注視していた。

まだ、報告書は手元にないが、違反していたのは王軍の主力部隊のベッカムとトニーの部隊が関係してそうである。

いずれも、レグラン王に覚えの良い古株である。
だからこそ、19才で2000もの兵を動かしたことのないジプサムの命令が、こともなげに軽視されたのだった。


今までのジプサムなら、それはそういうものとして不問にする流れであった。

あえて波風をたたせず、あたりさわりなく軍部の古株を立てながら、その力を借りる。
そして、軍部の古株は、長年の経験と判断で、うまく処理する。
そもそも、王子が司令官というのは、ただの名目上のものにすぎないのである。


彼らは既に帰国の途についている。
大部分は昨日のうちに帰国済みで、王子と共に残ったのは、そのベッカムとトニーの部隊であった。

ジプサムの馬の横に、50代のベッカム隊長が寄せる。
ひげ面の#強面__こわもて__#である。

「ジプサム王子、軍の報告はすべてわたしが把握しておりますので、ご安心ください」
「わたしも目を通させてくれ。王に報告するのはわたしだ」
静かにジプサムは言う。

「はあ、そうですか。わからないところも多いと思いますが。わたしが王への報告を代わりにいたしましょうか?」
ベッカムは報告書を渋っていた。

「わたしがわからないであろうというのなら、手間ではあろうが、わからないところを教えてくれ」
言われてベッカムは、時間の無駄という表情を隠さない。
「それは命令ですか?」

ジプサムはそう言われて、意外そうな顔をした。そして、にこやかにベッカムを見た。
その表情は、彼らの絶対的な王であり、ジプサムの父親であるレグラン王と似ているのだ。

「司令官としての言葉は命令ではないのか?とはいえ、これはわたしのお願いであるのだが」

ベッカムは、ひとまず引き下がる。
軍部とは、その上下関係は、本来大変厳しいものである。
服務規律違反があれば、除隊、投獄処分など、厳しい判断がくだされることもある。

サニジンは少し驚きをもって、王子と軍部の主とも言うべき古株とのやり取りを見ている。

先程も、もう一人のトニー隊長にも、ほぼ同様なやり取りでもって、報告書を出すように、念押しをしていた。
ベッカムとトニーの表情はまったく同じだった。

何を言うか青二才が。
お前なんかに何ができる?

ジプサムはそれを飄々と受け流して見せた。
ジプサムは報告書を提出されなければ、それこそ二人を服務規律違反で処分するつもりである。
実は、別にサニジンにも、報告書をまとめさせている。
こちらは既に目を通していた。


「王子、変わられましたね。あのお友だちのせいですか?」
サニジンに言われて、ジプサムは眉を寄せる。

「せっかく仲間が助けに来たのに、舞い戻ってくるなんてどういうことだ?
わたしにはわからない!」

二人のモルガンの捕虜は、歩兵部隊たちと同様に荷台の上である。

「あのお二人はジプサム王子のご友人でしょう?釈放させれば良いのでは?」
ジプサムは厳しい表情をした。
「今はしたくてもできないんだ。彼らは正規の手順でもって、取り返す」

サニジンはそれを聞き、軍部に嵐が来る予感がする。
ジプサムは何かをしようとしていた。
そのために、探られて痛いところはないようにするようだった。

「正規の手順とは、捕虜の売買で手にいれるということですか!?」

捕虜の売買は公開でなされる。
今回は、たった二人の少人数の上、若く美しい二人なので、購入希望者が既に兵たちの間でも出ているのである。
捕虜は通常は厳しい肉体労働系の業者が多いのだが、今回はどうも違うようである。

あまりに問い合わせが多いので、ベルゼラに入ればすぐに公開売買がなされる日程が決まっている。
捕虜担当官も、やたら張り切っているようだった。

「しょうがないだろう?服務をただそうという者が、勝手はいえない」
ジプサムは憮然という。


その時、隊列の後で騒ぎが起こる。
悲鳴と、馬のいななき。

ジプサムとサニジンが駆けつけると、モルガンから奪った彼らの黒馬が暴れていた。
それも、数頭である。
振り落とされた男たちが、引きずられるようにして、蹄の驚異から引き離される。

ベッカムの隊であった。
ベッカムが叫ぶ。
「馬を押さえろ!!」
「できません、荒くて近づけません!!
我々には無理です!ベッカムさま、危険です!」

モルガン族の黒馬は筋肉がしなやかで、ベルゼラの馬より大きくよく走る。
その分気性が荒く、扱いが難しい。
鼻息荒く、黒馬たちは怒りまくっていた。
近づくものを蹴りあげ、ふみつけようとしていた。


その時、二人の軍服でない短髪の若者が、暴れ馬にそれぞれ狙いをつけて飛びのった。
たてがみをつかみ、何度か振り落とされそうになるが、耐えた。
荒ぶる黒い神々が鎮まっていく。

「おお、、、」
ベルゼラ兵から感嘆の声。

「彼らは誰だ?」
ベッカムが近くの兵に聞いている。
「彼らは下働きにやとった荷物持ちです。もともとゼプシーの出だそうですが」

ゼプシーの出の男二人は、黒馬からひらりと降りる。
「新しい鞍に慣れておらず、それにサイズがあっていないので、暴れたのでしょうね」
一人が言う。
「そうか、手にいれた黒馬は他にも何頭もいるが扱いが難しい。お前たち二人は適任そうだ。馬の担当に雇っても良いか?」
とベッカム隊長が声をかけている。

二人はどうする?というように、顔を見合わせた。
「いいですよ」
と答えた。


「あいつら、、」
ジプサムは言葉を飲み込んだ。
彼らをジプサムはよく知っていた。
昨晩逃走したはずのカカとライードだ。
髪をさっぱりとカットして、しれっと下働きに紛れていた。

彼らもベルゼラについていく予定のようだった。
二人はジプサムの視線に気がついた。

「馬のことはよく知っております!
カカとライードです!よろしくお願いします!」
大きな声で挨拶をしたのだった。

そりゃそうだろう、とジプサムは思う。
彼らは子供の頃、骨折しても野生馬に飛び乗って遊ぶやつらであった。



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