世継ぎで舞姫の君に恋をする

15、報告と捕虜の競売

ベルゼラに入ると、ようやく強面のベッカム隊長と、銀髪のトニー隊長は報告書を、ジプサムに提出する。

トニー隊長の報告書には、ひとつの小隊が代表して、モルガンに話し合いを行うことを促すが、矢を射られたために、やむを得ず戦闘状態になってしまったこと。

司令官の一人も傷つけるな、という命令が兵全員に徹底できなかったこと。戦の始まりは正当防衛であったこと。
話し合いの場にモルガン族を引き出せず、戦闘を開始してしまった小隊は既にトニー部隊内で処分済みであること。
などが書かれていた。


ベッカム隊長の報告書には、彼の小隊が村に入った時には、モルガン族が彼らに火矢を放ち、危うく全滅をしかけたこと、火の手が家などに燃え移り、火の回りが早く消火活動ができなかったこと。
さらに女たちが襲いかかって来たので、捕虜にしたことが報告されていた。


「ご報告が遅くなりまして申し訳ございません。誰一人傷つけるなとのご意向を徹底できず、戦闘になったことは、わたしたちの責任でございます。如何なる処分でも受ける所存でございます」


古株の二隊長は頭を下げる。
サニジンはありえない光景に目を細める。
二人の提出した報告書の内容は、サニジンが調べた内容とほぼ同じである。

ジプサムは二人をじっと見つめる。
「兵は戦いがその仕事ではあるが、決してその剣をぬかず、勝つことをわたしは考えているのだ。それを始めに伝えたはずだが、二人揃って理解できていなかったのだな。
今回の件は、軍部のあなた達に任せたわたしの責任も感じている」

そして、続ける。

「ベルゼラが、ベルゼラ人殺害の経緯を確認しにきたことには非はない。正当な主張に対して、モルガンの対応は戦をしかけたと見なされてもしかたがない!
司令官のわたしの判断の前に、応戦をしたことは咎められるが、戦場では現場での咄嗟の判断をくだすことも隊長に任されているのは確かだ!
それ故、話し合いの場につこうとせず、戦をしかけたモルガンにベルゼラの力を見せつけるのは必要であったといえる!
故に、トニー隊長の隊内の処分は適当といえ、二隊長には処分なしとする!
この決定は例え王がなんと言おうと覆ることはない!」
ジプサムは言う。
二人の隊長は膝をついた。

「寛大な処分をありがとうございます。ジプサム司令官」
ベッカムもトニーもジプサムが司令官に任命されたときに、まさか自分がいうとは思ってもいない言葉であった。
お坊っちゃま王子に彼らは敗北したのだった。



王都に入る前の小さな町の広場が即席の、捕虜売買の会場となっていた。
公示の期間がほとんどなかったが、モルガンの若者の捕虜をひとめみようと、多くの人だかりが出来ていた。

モルガン族は古き慣習を残した、野性的な者たちである。
捕虜担当は、二人を前に進ませる。
黒い髪は、その慣習通り男性を示す三つ編を沢山編み込み、一人は上半身裸でその弾むような筋肉のしなやかで絞られた体を晒す。

もう一人は、彼よりも小柄で大変整った顔立ちの若者である。
上半身に巻かれた包帯が、体に怪我を負っているのを教えていた。
さらに彼らの腕に巻かれた包帯が痛々しい。

「腕は怪我をしているのか?」
「ベルゼラの兵とやり合い、鷹を操ったそうだ。しかも強いらしい!」
彼らが現れると、ざわざわと品定めしている。

ブルースとユーディアである。
ユーディアは草原では見たこともない人だかりに目を丸くしつつも、会場に入ってくるジプサムを見つける。
草原で育つユーディアの目は非常に良い。

捕虜担当官は最初にブルースから始める。
腕の怪我のために、年齢からいうと低い価格からのスタートだったが、彼の戦闘能力の高さと鷹匠としての能力もあり、値が倍々につりあがっていく。
その勝負は、ジプサムとトニー隊長になっていた。

誰と誰の勝負であるか知り、会場はざわめいた。
ジプサム王子が自分の奴隷を確保しに捕虜を購入したことがなかったからだ。
しかも勝負の相手は、ベルゼラにこの男ありと言われる、銀髪のトニーである。
二人は睨み合うが、報告書の時のようにはトニーは引かない。
これには王子も司令官も、関係なかった。
「彼をどうするつもりだ!」
ジプサムはいらいらと聞く。
ブルースをユーディアと引き離したくないからだ。
「わたしの部下に鍛え上げるつもりだ。強い男はそういない!」
トニーは先日の一件から、ブルースに男惚れをしたようだった。

ジプサムには次の売買が控えている。
トニーのところで鍛え上げられることに関してはブルースにとっても悪いことではないと思い、泣く泣くジプサムは諦めることを決断する。

ブルースはトニーに落札された。


次はユーディアである。
戦闘能力は不明であるが、男にしては美しい顔立ちに、しなやかそうな体が目を引く。
ジプサムはその金額が動くのを見ていた。
豪商風の金持ちそうな男と、金持ち貴族の二人が値をあげていた。
冷やかしはどんどん脱落していく。

ユーディアは平然と眺めている。

ユーディアは好色そうな金持ち男に買われたらどういう運命が待っているのかわかっているのだろうか?
草原では、男を愛でる男の存在など思いもしないのかもしれない。
特にモルガン族の草原の民は、自然が鍛え上げた野性的な体をしていて、ベルゼラのたるんだ体とは比較にならないぐらい美しいとジプサムは思うのである。

ようやく勝負は着きそうであった。
豪商が先程のブルースの金額には行かないが、そこそこの値をつける。

捕虜担当官は興奮していた。
今回の競売は、二人だけの取引にしては、20人ほどの取引きと同じぐらいの売り上げを記録しそうであった。

「これで決まりますか?
これ以上の金額をつける方はおられませんか?」
捕虜担当官は最後に見回した。

とうとう、ジプサムの出番であった。
ジプサムは、豪商の呈示した金額の倍の値段を示す。
有無のいわさぬ決定的な金額である。

一瞬会場中が静まりかえる。
そして、提示された金額の大きさと、誰が落札したかの理解がなされると、わあっとどよめきが起こった。

「王子さまが、モルガンの美しい若者を、過去最高額で落札した!!」

終わらぬざわめきの中、ジプサムはユーディアが遠く離れているのにも関わらず、自分の目をじっと見ているような気がするのだった。

ユーディアは会場に、カカとナイードを見つけていた。
カカは指を動かして、ユーディアとブルースにサインを送る。

狩りの時に、獲物に気がつかれないために、彼らは声を使わず会話ができる。

「我らは馬係りとして、ベルゼラに侵入する」
ユーディアは指を動かす。
ベルゼラ人は気がつかない。

「では一年後に会おう」

ブルースはトニーの奴隷に。
ユーディアはジプサムの奴隷となったのだった。


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