世継ぎで舞姫の君に恋をする

26、ユーディアの気持ち

ユーディアは、舞台にジプサムとレギーが殴り合うのを呆然と見る。

必死の形相のジプサムに対してレギーは口の端を切りながらも、余裕であった。
彼は喧嘩慣れしていた。
容赦なく腹に拳を叩き込む。


舞台に多くの仮装騎士たちやシャビやトーレスが止めに入って、二人の間に人の壁ができていくる。
完全に引き離されるまでに、ジプサムはさらにニ三発食らっているが、ジプサムも怯んでいない。

彼らは口々に何て言っているのだ?

「お止めください、ジプサム王子!」
そして、
「落ち着いてください、レグラン王!」

ユーディアの脚はがくがくとする。
「レギーはレグラン王、、、」

先程まで、ユーディアは彼を元モルガン族の奴隷だと思っていたのだ。

何度も何度も、二人でモルガンの対の踊りを踊ったのに、その彼が、強国ベルゼラの王その人であるなんてことがあるのだろうか?

王宮ですれ違うときは、王はいつも颯爽と真っ赤なマントを翻して、王騎士を複数連れていた。ユーディアは頭を深く下げて道を空ける。
それもそう何度もすれ違ったわけではない。

「レギー、騙したの、、、?」
引き離されたレグラン王は、ユーディアの呟きを拾う。

「騙すつもりはなかったんだが、わたしのことを知らなかったからつい、言いそびれてしまった」

騙しているのは自分も同じではないか?

立っているレグラン王に対して、ジプサムは羽交い締めにされていた。
レグラン王の前には、女装姿の髭面の強面、ベッカムと、銀髪のトニーが立つ。

ジプサムを押さえるのは、彼の側近のサニジン、そして王騎士。
始めの段階で殴られているシャビとトーレスはユーディアを後ろにかばう。

ジプサムは、モルガンへ見せしめに2000もの兵を差し向けて、さらに無力な自分を司令官にした父王に対する押さえていた怒りが、己の舞姫を奪おうとしている父王の姿を見て、とうとう押さえきれなくなって噴きだした。

ジプサムは見たことがないほど、彼の父親に逆上し、ボロボロになりながらも何をするかわからなかった。


「ディア!」
ジプサムの手がユーディアに差し伸ばされる。

その間を防ごうとシャビが入ろうとしたが、ユーディアの体は勝手に動き、自分を求めて伸ばされたその手を掴む。
掴むと同時に、強い力で掴まれ引き寄せられた。
ユーディアの鷹の仮面がシャビの肩に当り、跳ね上がる。

ジプサムは、戸惑い、混乱しながらも自分を求めるユーディアのその黒い瞳を見ると、欲望のまま、その唇を奪う。

それはすぐに、サニジンやシャビたちに引き離されてしまったのだが。
それを見て、とうとう王も逆上する。

「ジプサム、相手を間違えるんじゃない!お前の相手は、同盟国のトルクメの姫だ!今回の外遊でそのような約束がなされた!まずは王子としての責務をはたせ!」

そして、彼らは団子になりながら舞台袖に引きずられ、騒然としている居合わせた観客の前から姿を消す。

観客は目の前で繰り広げられたことの意味を理解しかねて、ざわついていた。

確かに、乱入した男がレグラン王で、喧嘩を吹っ掛けたのがジプサム王子だった。
二人の間にはモルガンの舞姫。
彼女をめぐっての親子対決か!?
さらに、王子の結婚相手まで決まっているようだった。

舞台はまるで何事もなかったように、ゼプシーのダンスに変わっていた。


王子は謹慎を命じられる。
王子の謹慎は前代未聞である。
そして、舞姫はその騒ぎの最中、忽然と姿を消していた。


その夜、ジプサムは熱を出す。
服を脱がせると、ジプサムの体はあちこち、赤黒く、内出血していた。
側仕えのユーディアは、その腫れて熱を持った体を濡れタオルで冷やす。

取り替える先から、先ほど置いたタオルは熱くなる。

「あんたは、トルクメの姫と結婚するんだ」

何がショックだったかというと、レギーがレグラン王であったこともそうだが、それ以上に、ユーディアにはジプサムに結婚相手が定められていることに、ショックを受けている自分がいた。

この数日、ブルースと婚約を解消して、なにもかも捨てて、ディアとして、ジプサムと結婚するのもいいかもと夢想する自分がいた。
だが、所詮自分は草原の蛮族の娘に過ぎず、ジプサムは草原を束ねる強国の第一王子だった。
普通に考えて、結婚はあり得なかった。
ベルゼラ王のように複数の妻をもち、妃や夫人や嬪を、ジプサムが持つならば、その嬪になら、なれそうではあるが。
だが、彼は妻は一人とも言っていた。

レギーの、ベルゼラ王の、モルガンの妻は嬪だったのだろうか?彼の妻はどうして亡くなったんだろう?
ふっとレギーの顔がよぎる。
レギーは今なら誰に似ているのかわかる。
ジプサムに似ていたのだ。

「水、、」
ユーディアはジプサムの体を少し起こしてコップの縁にその唇をあてるが、ジプサムは上手く飲めなかった。
それで、ユーディアは少し水を含んで口移しで飲ませる。
飲み下すのを見てホッとする。
ユーディアは何度か繰り返す。
しばらくすると、リラが交代を申し出る。

「大丈夫。わたしにやらせて欲しい」

ユーディアが言うと、リラはそのままそっと二人を残して部屋をでる。
ジプサムのお気に入りの奴隷は、王子とトルクメの姫の婚姻がなされれば、引き離されるかもしれなかった。
ゼプシーの舞姫がどうなるかはわからないが、王子と側仕えの二人の噂を、ベルゼラに来たトルクメの姫は耳にするだろう。

リラはそっとしてあげようと思う。
側仕えが解任されるのも、すぐかもしれないからだ。


側仕えをして4ヶ月。
ユーディアは、ようやく自分の気持ちをはっきりと理解したのだった。

< 27 / 57 >

この作品をシェア

pagetop