世継ぎで舞姫の君に恋をする
第六話 雪山離宮 勝負

34、離宮の守り人

離宮はとてもきれいに整えられていた。

山の中腹にありつつも、森に侵食されていなかったのは、一人の守り人がこつこつと、部屋の空気を入れ替え、掃除をし、庭の芝を刈り、草花を植え、池の落ち葉をさらい、小道を整えて、忘れられた離宮に再び訪れる者を待っていたからだった。
そして、ここ数年は一年に一度程、王が訪れる以外には誰も訪れるものもないまま、季節は巡っていた。

離宮には屋上に鳩小屋を備えている。
昨日も手紙を付けた鳩が戻っていた。

その鳩たちは世代交代をしつつ、王宮との連絡用に備えていて、離宮でのなんの変化もない日常を異常なしで伝えていた。
たまに、入ろうとする盗賊は、守り人ゴメスによって撃退している。

そのため、異常なし以外を伝えることはほとんどなかった。
王子の一行の到着を伝えたのも伝書鳩であった。
そして、その通信文には、毎日伝えよ、と王の文字で書いてあった。
王の妻のリーンがいた時と重なる。
ゴメスの背筋が伸びて、下がっていた頬が引き上がる。久々に離宮に命が宿ったようであった。


あまりの想像とかけ離れた綺麗に整えられた離宮に、王子一行は驚きを隠しきれない。
白髪のゴメスが迎える。
「お久しぶりでございます。
ここの管理を任されているゴメスです。ジプサム王子さま。益々、レグラン様の若い頃に似てこられましたな!」

ゴメスは言う。そういわれたジプサムは嬉しそうな顔にはならない。
昔、庭師の男がいたような気もする。
そうして、快適に整えられた離宮に案内をされたのであった。


そして、翌朝、一行は出掛け夜に帰ってくる。出迎えにでたゴメスは一人多いことに気が付く。
ジプサム王子の馬に一緒に乗っている。
黒髪の美人であった。

ジプサム王子の手を借りずにとんと馬から降りる。軽い身のこなし。
ジプサムはその黒髪の娘から離れなかった。
それはまるで、レグラン王とその妻のリーンのようだった。
「彼は、側仕えのユーディアだ」
王子はゴメスに紹介する。
紹介された黒髪の娘は青みがかった黒い目をしていた。
その目もリーンと同じであった。
「まるでレグラン王とリーンさまがお戻りになったようです、、」
ゴメスの目からボロボロと涙が落ちる。

「リーン!?」
ユーディアははっとする。
その名前は聞いたことがあった。
父のゼオンの、妹の名前だった。
若くして遠方に嫁いで亡くなっていた。
初めて、レグラン王の最初の妻が、ユーディアの叔母であることを知る。
似ているはずであった。

「ゴメス、彼はわたしの側仕えのユーディアだ。部屋をわたしの隣にする。案内をしてやってくれ」
娘を彼と紹介されて、ゴメスは目をぱちくりとするが、深くは突っ込まないが、言わなければならないことがあった。

「ジプサムさま、王子の隣のお部屋の鍵はわたしは持っておりません。ですので、別のお部屋になりますが?」
「管理人が開けられない部屋があるのか?では近くの空いている部屋で良い」

ユーディアの案内された部屋は、ジプサム王子の部屋の二つ向こうの部屋である。
質素な部屋である。
簡素なベットと衣装棚と机。
織りのカーペット。

空調は一ヶ所で薪を燃やして全体に循環させているのと、この辺り一帯に沸いている温泉を、床に巡らせているらしい。
そもそもここに離宮を構えたのも温泉が沸いているからだった。
外の寒さに比べて、離宮内は暖かい。
大きな食堂や広間などには別に暖炉が備えてある。

「あなたはここで何年も?」
守り人のゴメスは言う。
「もう20年になります」
ユーディアは、思いきって聞いてみる。
ジプサムがここに来たことがあると聞いたときから気になっていたことだった。

「あの、王子に直接きけなくて。
ジプサムのお母さんは、リーンさんですか?」
リーンはユーディアのおばさんである。
父のゼオンは妹の子供だから、ジプサムを受け入れていたのか?だとすると、自分とジプサムはいとこになる。

「なんだって?いや違う。ジプサムの母は、ベルゼラの村娘」
ゴメスは遠い目をする。

「レグランさまは本来は大変自由な方だ。王の仕事ほど合わないものはない。
ここでは本当に伸び伸びと過ごされたよ。また、この離宮がジプサムさま一行を迎えられて本当にわたしはうれしい」
ゴメスは言う。

「今王子がおられる部屋は王の間。そのお隣はリーンさまの、王妃の間。
部屋の鍵は今も王さまが持たれている。あなたがその部屋を使いたいならば、王から鍵を受け取らねばならない」

「王妃って、、僕は、、、」
ユーディアはいいよどむ。
ゴメスは目を細めてユーディアをじっくり見る。
やはり、第一印象通りだと思う。

「リーンさまも良く男装をされていた!そうでないと傍にいられないからな!」

「結婚なんて、考えられない!ジプサムはトルクメの姫との結婚話があるようだし、彼は妻は一人しかとらないといっている」
その返事はユーディアは自分が女だと認めたようなものだった。
「王になればそんなこともいってられないだろう?」

それだったら、ジプサムは王にならないで欲しいと、ユーディアは思ったのだった。



ジャンはユーディアの途中参加を喜んだ。
ユーディアが、普通は奴隷には決して許されることのない実家に帰ることをやめて、ここに滞在する理由は、ジャンにはわかっている。
ジャンも、節分祭の舞台を見ていた一人であった。
あの日、ジャンは白い鷹の仮面を探していた。ユーディアが手にした仮面がそれだったからだ。
そして、舞台で踊る舞姫を見つけた。
仮面が外れて、ジプサムと娘はキスをした。その顔は、ジャンが思った通りユーディアであった。

ユーディアは女である。

ジャンは気がついてしまった。
彼女は慎重に女であることを隠していた。
ならば、ジャンも、変わらず男扱いをしようと決意する。
たとえ、この王子の特別な奴隷が女であったとしても一緒に仕事ができることが、16才の少年には嬉しいのだ。

翌朝から、暇そうなユーディアに持ってきた荷物を開包し、在庫が一目でわかるように整理しながら並べていくの手伝ってくれるように、ジャンは頼む。

ユーディアは言われるまま鍋を置き、小麦の粉や、じゃがいもや玉葱、スパイスの缶を置いていく。
午前中いっぱい使って整理して出来上がったジャンの厨房に、ユーディアは唸った。

「ジャン!これはまるで、王宮の厨房のミニ版だ!」

「そうしたんだよ。体がその形を覚えているので一番使いやすいからな!」
ジャンは胸を張る。
「それに、ユーディアが来てくれて、早く片付いて嬉しい!何より、王子の顔が違うからな!」
うん?と首を傾ける。

「王子はそんなに違う?」
「ユーディアと別れてからは火の消えたローソクのようだった。もしくはお通夜の参列者みたい」
あははっとユーディアは笑った。

「まさか、そんなことないだろ?大袈裟な!」
「ホントだよ!見せてやりたいよ?」
ユーディアは全体をながめて気になることを言う。
「ねえ、ジャン?ハムとかあるけど肉がないんだけど?町に買い出しにいくとして、山を下って戻ってくるとなると一日仕事になるよ?」
ジャンはにっと笑った。

「それは、王子や騎士たちに修行がてら森で猟をしてもらう。肉を調達するのはあいつらの仕事。
捌くのはユーディが教えてくれ!」
それは楽しそうだった。
「騎士たちが狩りか。僕も狩りをしようか!ゴメスに森のことを教えてもらって」

「ユーディアが狩りだって??」
ユーディアは、最近は厨房では屈託ない笑顔の子であり、厨房の外の王宮では、最近は取り澄ました顔の隙のない側仕えの顔をしている。

「僕は草原では狩りをしていた。なんでもできるよ。東のモルガンの世継ぎだから。
頭もブルースのような男髪に結っていた」
ユーディアは耳の横の髪を小さく三つ編にしてみる。
ジャンには蛮族の頭をするユーディアを想像できない。
「世継ぎって、草原の部族の長を引き継ぐ予定なのか?おまえ、、いろいろ大変なんだな」
「、、、って思っていたのだけど、今はわからない」
ユーディアの表情が揺れるのであった。

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