世継ぎで舞姫の君に恋をする
第八話 雪山離宮 襲撃

45、スノーシュウ

翌朝、ユーディアは珍しく寝坊する。
毎朝の日課は朝は早めに起きて、厨房のジャンの朝食作りと昼食のサンドウィッチ作りを手伝っていた。
それが、朝目が覚めた時は既に太陽は高かった。
がばっと起きる。いつも寝るときに着ている肌着を身に付けていない。
昨晩のことがじわりと思い出してくる。
夢のようにも思えるが、からだの痛みは本物だった。
「やばっ、朝食の手伝い!!」
慌てて服を着て、厨房まで行くと、ジャンがひとり朝食の食器を片付けている。

「朝食は、、、」
ユーディアが言うと、ジャンはひとつ、いつもの席に用意してくれている。
「どうしたのさ、今日は寝坊?
王子さまは待たずに食べてたよ?
なんとかなっているから気にしないで!」
ジャンはユーディアを見る。
何かが違っているような気がする。
それが何かはわからない。
ユーディアは急いで食べる。
「ヨーグルトおいしい」
「あははっ!それ毎日言ってるよ、ありがとう」
離宮特製ヨーグルトはリリーシャ姫にも好評である。
リリーシャの食事などの世話は、最近は護衛のショウがしてくれていた。

「これから皆は林間トレーニングに行くみたいだけど、ユーディアは行くの?」
「林間トレーニング?雪の中で?」
「そう。木の板のスノーシュウを履いて、雪の上を歩く、登る、滑る!上手くなれば、滑りながらクロスボウを撃つらしいよ?」
ユーディアは一度も雪の中に出たことはない。面白そうだった。
もう何日も閉じ込められている。

「わたしも行く!」

ユーディアはパンを口に咥えて走り出す。
「おいっ、馬鹿!走るな!側仕えは廊下を走らないっ」

ああ、この感じ、ユーディアが王宮に来たときの自由な感じに似ているんだ、とジャンは思った。


ユーディアは自分の二階の部屋に駆け込む。途中で確認したところ、玄関にジプサムと騎士候補10名と、道案内のゴメスがいた。
彼らは背中に矢筒を背負い、クロスボウを持っている。

もう出発のようだった。ゴメスがルートを説明しながら、スノーシュウの靴の装着をひとりひとり確認している。

ユーディアはありったけの厚着をして猛ダッシュで集合場所に向かおうとするが、階段は遠回りで置いていかれそうな気がした。

大きなベランダの窓を開ける。
集合場所の真上のベランダだ。

「ジプサム!」
ユーディアはベランダから身を乗り出した。
全員が驚いて顔を上げた。ブルースもいる。
「わたしも行く!」
ベランダに足を掛ける。ジプサムの目が真ん丸になった。
「よせっ危ない!」
ユーディアは飛んだ。ジプサムが走ってユーディアを自分の体で辛うじて受け止める。
ジプサムをクッションに二人は一緒になって倒れる。
見ていた男たちはぎょっとした。
王子と側仕えはこんなに仲が良かったか?
そもそも、王子に受け止めさせる奴隷なんているか?
しかも、王子は驚きこそすれ怒っていない。

「ユーディア、お前まるっきりモルガン族に戻っていないか?
階段を使えと最初に言っただろう!
何ヵ月もかけて作り上げていた、取り澄ました側仕えはどこに行った?」

「あ、、そうだった。置いていかれそうだったので。わたしも行きたいんだ!
雪の上を滑ってみたい」
ジプサムはユーディアを引き離し、困ったようにゴメスを見る。

「大丈夫ですよ。もうひとつあります。小さな足用のが」
ゴメスはユーディアにかつての館の主人であったリーンの板を履かせる。

ユーディアは立ち上がろうとしてつるんと滑る。ジプサムは笑って、手をつかんで起し、基本的なことをさらっと教えるが、説明をやめて、ユーディアの背中を押した。

「お前は体で覚えた方が早いだろ!」

ジプサムは朗らかに言う。
ジプサムの機嫌はサニジンが見たこともないほど良い。
ユーディアは何度も転んだが、転ぶ度にジプサムの手がユーディアを起こす。
運動神経の優れているユーディアは、自在に滑り始めるのにそんなに時間はかからないはずである。

それまでは、ジプサムが遅れがちなユーディアに付きっきりだった。
ルーリクやクロースが手を出そうとすると、さりげなくジプサムが制する。
ユーディアを触らせようとしない。

何となくルーリクとクロースは顔を見合わせる。ジプサムの中で何かが変わっていた。
他の男を近づけさせないというか?
何かあったのかわからないが、ジプサムとユーディアの距離が劇的に縮まっていた。
林間トレーニングもそっちのけである。
それはまるで恋人同士のようであった。

ジプサムは、既に何回も滑っていて思いっきり林の間を滑りたい騎士たちを先に行かせる。
渋るサニジンも行かせた。
彼らは小気味良いシャッと雪を切る音をさせながら、木立の間をきれいにすり抜けていく。


いくつものシュプールが残る雪の上に、ジプサムとユーディアとブルースが残された。
騎士たちが離れると、気まずい空気だけが残る。

「ユーディア!ほらっ、あいつらのように、あそこまでひとりで滑ってみろ!」
ジプサムはユーディアの背中を押す。

「昨日ケンカした二人を残せるわけないじゃないっ!それに、わたしは曲がれない!!」
といいつつ、押されるままユーディアはノロノロと用心深く、穏やかな傾斜を滑る。

ユーディアには二人が何を話すか、なんとなく検討がついていた。
ブルースとは一回も目が合わなかった。

ジプサムとブルースが残される。
二人はユーディアの背中を追う。
ブルースは唇を引き結んでいた。
ユーディアは本来の天真爛漫な姿を取り戻していた。
ジプサムと昨晩二人の間で何かがあったことは間違いないようだった。

「ブルースがモルガンの族長になれ」
ジプサムは言う。
「お前とユーディアの婚約は解消だ。ユーディアはもうモルガンに返さない」
ブルースは押し黙っている。

なんでけんかなんかしたのよ、馬鹿。

ブルースの知るユーディアならそう言って、殴り合いのケンカがブルースの体に残した怪我の跡を、確認しにくるだろう。

そう思って、ブルースはユーディアを一晩中待っていた。
だが、ブルースの部屋の扉は開かない。
ユーディアは来なかった。

そして、朝のベランダからの、ユーディアらしいダイブ。
ブルースの腕にではなく、ジプサムの腕の中に飛び込んだ。
決定的だと思えた。

ブルースがユーディアを想う年月は長い。
「ユーディアを泣かせたらお前を許さない」
ブルースは絞り出すように言った。
だが、もう手放す時であった。

「わかってる!」
ジプサムはユーディアの後を追って滑り出した。
これからベルゼラの王子とモルガンの娘が結婚するためには、問題が山のようにあるのだった。


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