世継ぎで舞姫の君に恋をする

46、雪崩の通り道

ノロノロと滑ってはいるが、カーブがなかなかうまくいかない。
大きく回るを繰り返しているうちに、ユーディアはコースを外れていく。
これはヤバイかもっと思ったときには、森の途切れる開けた斜面のようなところに出る。

「わあっ!ひろい!」

燦々と日が眩しく反射する。
柔らかい雪で、滑りやすい。

既に、騎士たちの集合場所を大きく外れているのがわかったが、ユーディアは木立に遮られることなく、自由に大きく滑れるのが楽しくてならなかった。

その時、横の林間から人の姿が現れた。
「こっちにこいっ!そんなところを滑っていたら巻き込まれるぞ!?」

叫んだ男は、ユーディアと同じスノーシュウを履いている。
スノーシュウとは、靴の下に足の大きさの3倍ぐらいの長さの、足先が反り上がった板を付けて、雪の上を滑れるものである。
何に?と思うまもなく、彼はポンと飛んで林の間から飛び出した。

ぐんと加速させ、滑るユーディアに並んだかと思うと雪の中に抱えるようにして倒れこむ。

「わあっ!」
衝撃は男に吸収されるが、男の腕の中でユーディアはもがく。

ユーディアを抱きかかえているのは、上質な厚手のコートを羽織っている、ジプサムに似たハンサムな男。
彼は、ユーディアの肩に顔を押し付けていた。

「まさかの馬鹿者が滑っていると思ったら、ディアか!あなたは死にたいのか!
離宮の側のこの道は、見晴らしが良すぎて危険なのだ。まあ、草原の民にはわからないか!」

深みのあるセクシーな声。
少し怒りながらも、からかう調子が冷えた耳にくすぐったい。
その男は、レグラン王だった。

「レギー、、」
思わず、馴染んだ名前を口にしてしまう。
「やあ、久しぶりだな。まあ、息災で何より」
ユーディアを起こして、レグランは自分の体に付いた雪を払う。ついでにユーディアの雪も払い、脱げたスノーシュウを履かせようとするが、少し手を止める。

「これは、、リーンのだ」

レグランが削り出してつくった愛する妻のスノーシュウだった。それはユーディアにぴったりとあっていた。

「レグラン王がなんでここに、、」
ユーディアは最後に別れたときに襲われたことを思い出した。最悪な別れだった。

「そう固くなるな。何も取って食いはせん。自分の離宮に行くのに理由がいるか?愚息の様子を確認しようと思ってな。
特に何の問題もないか?毎日伝書鳩を送れとゴメスに言ったのに、このところピタリと途切れたので、何かあったのかと思ってな!」

「伝書鳩、、、」

今も頭上でくるくると鷹が旋回している。ユーディアの視線を追って、レグラン王は苦笑する。
「まさかの鷹に食われたか?ゴメスは怒るだろうな。大事に育てた鳩を食われて」

さあっとユーディアの血の気を失う。
ユーディアかブルースの鷹が襲っていたのはあり得そうだった。
その様子を見て、レグラン王はあははっと笑う。

「レグラン王!こちらに早く来てください。そこは、、、」
「わかった!動けるか?」
レグランは覚束無いユーディアの動きを見る。
ひょいっとユーディアを抱きかかえた。
「何を、うわあ!」
レグランはユーディアを抱きかかえながら、颯爽と滑り、木立の間の王騎士たちが向かえる。

側近のハリルホを加えて総勢11名。
レグラン王が常に引き連れる最小人数の精鋭たちだった。

「レグラン王、その者をこちらに。わたしが運びましょう」
と強面のベッカムがいう。

「いや、いい。わたしが運ぶ」
ユーディアは身をよじり、自分で立つ。
彼らの視線を集めて緊張する。
ユーディアは王宮では彼らの前では頭を下げているので、彼らをまともに見たことがなかった。
王騎士たちは考えていることが読めない鋭い目の男たちだった。

彼らと比べると、ジプサムの王騎士候補たちは品の良いお子ちゃまに思える。


「わたしは歩けますから、大丈夫です」
よたよたと歩く。
「リーンも初めはそんなのだった。では付いてこい!ジプサムもお前を真っ青になって探し始めるだろう!ベッカム助けてやれ」

王の一行に挟まれて、ユーディアは山を登る。途中で彼らはジプサムの一行と合流する。

王の姿をいち早く確認したのはブルースだった。王子一行は滑り降りていた。
ざっと雪を飛ばしながら王の前に、騎士候補たちは隊列を崩しながらもきれいに止まる。
彼らは王の前で、雪の中に片ひざをつく。

「やあ、息子よ、出迎えご苦労、というところか?」
ジプサムの視線は騎士の間のユーディアを見つけてほっとする。

「こんな極寒に何をしにこられたのですか?」
ジプサムは王にいう。
「トクルメの姫を離宮に招待したのだ。招待したわたしがいかねば、格好がつかないだろう。どうだ?姫は」
「退屈をされております。王がこられて喜ぶでしょう」
ジプサムはさらっという。


林間トレーニングはいったん終了だった。
王と王騎士たちと、ジプサムたちは今度は山を歩く。

王は久々に会った息子をすぐ横につけ離さない。山賊退治を誉めていた。
そこで、ジプサムたちは、王都の警察兵の隙をついて、隻眼のアッシュが逃亡したことを知る。

「やつはリビエラ人だ。ここもリビエラと近い。彼はこの辺りを通って国に逃げ帰るかもしれないから、気を付けよ」
「はい」
アッシュは森の町で捕まえた時も、逃げ出し、ジプサムの命を狙った男だった。

「このあたりはかわらないな」
レグランは顔をあげて景色を眺める。

「危険な傾斜を滑り降りてくるお前の側仕えを見て、リーンかと思った。ユーディア?は元気でいいな!」
レグランは後ろを振り返り、ベッカムの横を歩くユーディアを見た。

「、、、わたしの側仕えは、元気だけが取り柄ですから。
確保くださいましてありがとうございます」
「嬉々として雪崩の通り道を滑っていた!滑ることが引金となって、雪崩が起こることもよくあるのだ。気を付けよ。
あいつは片時も目を離してはいけないタイプだ。
どこかにいってしまうぞ?」
楽しそうにレグランは言う。
それを聞いてジプサムの胸がざわつく。
ユーディアを知ったような口ぶりが気になった。

父とユーディアの関係を突き詰めては聞いていない。
昨晩まで、ユーディアとディアはよく似ているとは思えど別の人だったのだ。
レグランとディアの踊りは息がぴったりだった。
「王はユーディアとお知り合いでしたか?」
極めてさりげない風を装い訊く。

「ああ、調べさせてもらった。
ユーディアはモルガンの東の族長ゼオンの娘だろう?となれば、わたしの妻リーンの姪だ。つまりおまえとは血はつながらないとはいえ従妹になる。
リーンとそっくりだと思わなかったか?」

ジプサムは絶句する。
王はユーディアを女と知っている。
それも自分よりも前に。

「リーンさまにお会いしたのは7つです。覚えておりません」
ジプサムはやっと言う。

王は、招待したトルクメの姫に会いに来たのではなく、自分の蟄居とトレーニングの様子を見に来たのでもなく、逃走したリビエラのアッシュのことを警告しにきたのでもない。
最愛の妻リーンに似たユーディアに会いに来たのかもしれない。

ジプサムはそう思ったのだった。

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