世継ぎで舞姫の君に恋をする

49、不穏な動き

強国ベルゼラの要の若き王の首を取る。

リリーシャが決意したのは、レグラン王が、ユーディアが食事の広間に現れてから、一度も自分を見なかったこと。
さらに、ユーディアが来ている手の込んだ刺繍のドレスが亡きレグラン王の最愛の妻のものだと知ったことからだったかもしれない。

ジプサム王子に拒絶され、リリーシャは思いがけずに現れたレグラン王へ、取り入るターゲットを移した矢先のことだった。

ジプサム王子の妻になれなければ、レグラン王の妻のひとりになり、いざというときに、彼にトルクメへの援助なり配慮を引き出すことも可能かもしれなかった。

だがそのレグラン王は、まさかの息子とおんなじ女を取り合っている。

女姿でユーディアが現れてからは、リリーシャへは目もくれない。
王騎士や王子の騎士たちの全ての関心もさらっていってしまった。
もはやリリーシャはいてもいなくてもいいような、どうでもよい存在に成り下がった。

リリーシャのプライドはズタズタだった。

だが手を下すのは自分ではない。
食事を終えると、リリーシャは席を立つ。ショウが静かに立ち上り後を追うが、案の定、誰ひとりもリリーシャが退席することに関心を持たなかった。

「、、、大丈夫ですか、姫」
ショウ声を掛ける。
「 わたしにはうるさすぎるわ!」
リリーシャが言えるのはそこまでであった。
自国の姫がないがしろにされて、ショウもいたたまれなかったのかもしれない。

部屋に戻ると、ショウを扉の外に残しベランダの窓を開ける。
山のすそ野にベルゼラの町の灯り、そして森を挟んでリビエラの町の灯りも瞬いていた。

リリーシャは部屋の灯りを手にする。
ベランダの机の上に置く。
そして、布を手に、灯りに被せたり、上に上げたりをリズミカルに繰り返す。

何回かしては、闇のなかに目を凝らす。
そのようなことを繰り返す。

しばらくすると、リリーシャの灯りの瞬きに応えるかのような、瞬きがリビエラの方角から起こる。
光の点灯するリズムで遠方のものと会話ができる。


「リビエラが応えた!」
リリーシャの布を持つ手が震える。
引き返すならば今であった。
だが、リリーシャは続けた。


ベルゼラ王
王騎士
ベルゼラ王子
王子の騎士
27名


しばらく待つと、また返事が返ってくる。


決行 明日中
100名 小隊
トルクメ姫
あなたの勇気 讃える


森の奥のそれはリリーシャに伝える。
リリーシャはその夜眠れなかった。


翌朝、ショウが朝食を運んでくれる。
「リリーシャさま、お加減が悪いのではないですか?」
リリーシャが起きてこないのを心配して、ショウが言う。
「いえ、大丈夫。すぐ起きるわ。今日は皆さんは?」
「今日もスノーシュウで山を回るらしいですよ?姫も行かれますか?」
「いえ、いかないわ!寒い中なんて嫌!それに今は危険だわ!」
危険という言葉にショウは反応する。
ショウは姫と離れるつもりはない。
リリーシャは服を着替える。

ユーディアがリリーシャの部屋に、昼前に顔を出す。
女もののドレスにコートを羽織っている。
それもレグラン王の亡き妻の物だとすぐにわかる。
ユーディアはすまなそうに顔を歪ませる。

「騙していてごめん。事情があって、男装をするのが普通だったんだ。
リリーシャ姫は最近こもっているでしよう?
外に出て、体を動かしたりしたら気分もすっきりするかも。一緒に滑りにいかない?」

結局、リリーシャを気にかけてくれているのは、このモルガン族の奴隷だけだった。
リリーシャは編み物をしていた手を止める。
ユーディアに聞かずにはいられない。

「あなたは、モルガン族は、ベルゼラ国は憎い敵でしょう?なぜに、平気で王子や王と一緒にいられるの?
あなたにはプライドがないの?」
ユーディアの顔が強張った。

「そう思えるかもしれないけど、わたしは力に力で返した結果がモルガンの悲劇を生んだと思っている。
だからわたしは理解し合う道をゆく。それは山賊も、トルクメも、リビエラも、ベルゼラも同じ」
ユーディアは悲しく笑った。
「わたしは、モルガン討伐の勝利の夜に、無力に泣いたジプサム王子をほっておけないんだ。
例えジプサムが、王にならなくても、ベルゼラを変えてくれると信じている。山賊たちの処遇は聞いた?」

リリーシャは、自分が来る前にこの辺り一体の行商の馬車を荒らしたり、人身売買をしている山賊がいることは知っていた。
そして、それを王子一行が一網打尽にした話は驚きをもって聞いていた。

「トクルメの盗賊に対する処分はどんなの?」
「問答無用で切り捨てるわ!社会を混乱させるごみのようなやつらよ」

ユーディアはそれを聞いて、眉を寄せる。

「そうかもしれないけど、生まれながらに盗賊なんていない。彼らは、戦争で親や夫をなくした女子供や行き場のない子供たち。体を欠損し、仕事を得られないものたちだった。
彼らの言葉を聞き、対策が事前に取れればそもそも盗賊なんて生まれないと思わない?それに、やむを得ず盗賊になってしまったものたちに、切り捨てるのではなくて、生きられる社会にできたらと思う」

ユーディアは強い目でリリーシャを見る。

「そもそも、モルガンとベルゼラでお互いのルールを理解してさえいたら、モルガン征伐などは起こらなかったんだ。
わたしはベルゼラを理解するためにここにいる。
あなただってそうなのでしょう?
ベルゼラを知り、トルクメを知ってもらい、自分だけではなく相互に交流して、力でなく共通ルールにより問題を平和的に解決する。そうなれば、思いもよらないところでの行き違いから、戦になって、強いものが正義のような事態にならないと思わない?」

リリーシャの手が大きく震える。
編み物の目をいくつも取り落としてしまう。

「そうね、その通りだわ。
だけどあなたのその平和的な考えを通すためには、あなたやジプサム王子は生き残らなければならないわ。
レグラン王は強すぎる。彼が力で他国を圧倒してきた歴史は長い」

リリーシャの声にユーディアは背筋が凍りつく。
まるで、不吉なことが待ち構えていることへの警告のように聞こえたのだ。

「何それ、何か起こるの?」
「そんなことわたしが知るはずないでしょう?」
リリーシャはふいっと顔を背ける。

ユーディアはリリーシャを残して、レグラン王やジプサム王子一行の、雪山スノーシュウに合流する。


騎士たちは腰に剣を下げ、クロスボウを背中に持つ。武器を携帯している。
彼らも少人数の彼らが襲われる危険性を常に感じているようだった。


「ぐるっと大きく山を下り、再び登る。
基本は競争だ!一番早く戻ってきたのが勝ちだ」
レグラン王はいう。
「王騎士たちは熟練者たちだが、30代後半だ。王子の騎士候補たちは始めて間もないが、若くて持久力がある。
いい勝負になるだろう!
油断するな!雪崩に気を付けろ!」

ユーディアは行程を確認しようとする。
「お前はいくな」
レグラン王は言い、ウインクする。
「お前はここでわたしと練習!ハリルホ、サニジン残れ」

ジプサムも含めて一斉に林間を滑り降りた!

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