ビターのちスイート
杏奈は大きく深呼吸をして、俯いていた顔を上げ、陸斗に笑顔を向けた。
「陸斗くん、莉子のお気に入りはマカロンよ。ぜひ購入してあげて」
杏奈の顔に、察しのいい陸斗は何か気づいたようだった。
「なあ、高梨。もしかしてユキと何かあったのか?」
「……ううん、全然。ごめんね、陸斗くん。私忙しいから。また莉子に連絡するって言っておいて」
「ああ。悪かったな、引き留めて」
陸斗の言葉を背に受けて、杏奈は一度店内から引っ込んだ。
そして、こぼれそうになった涙を手のひらでぬぐう。
「バカ幸弘。何にもわかってないじゃない……」
小さくつぶやき、大きく息を吐く。
今は仕事中。私情を挟んではいけない。
そう言い聞かせ、再び店内に足を踏み入れた杏奈に、制服姿の二人組が声を掛けてきた。
「すみません。このチョコレートを買うことはできますか?」
杏奈はひとりの女の子が見せるスマートフォンの画面をのぞきこむ。
赤い箱に入ったその商品は、杏奈が彼女たちと同じように制服を着て学校に通っていた頃から、『恋が叶う』として有名なバレンタインの限定商品。