ビターのちスイート
何もなかったと思っているのは自分だけで、もしかして杏奈の方は何かあったのだろうか。
ひとつ気になってくると、あとは五月雨式に色々なことが気になってくる。
そういえば、特に用事がなくても一日に一回は何か連絡をくれていた杏奈が、メッセージも留守番電話も入れてくれていない。
最後に杏奈と電話をしたのは、幸弘が年末年始に友人たちと旅行に行くと告げた十二月。
それ以来、杏奈から連絡が入った痕跡が、幸弘のスマートフォンには見受けられない。
そして昨日、久しぶりに連絡を入れた幸弘へ、杏奈が折り返しをしてこないのは、どういうことなのか。
「まさか……」
不安に駆られた幸弘は、急いで近くにあった洋服を手に取り、寝間着として使っているスエットから着替える。
頭が多少ボサボサでも気にしない。今は、杏奈に会う方が先決だ。
ハンガーにかけているダウンを手に取り、幸弘は部屋を飛び出した。
幸弘の家から杏奈の家まで、距離にして約二キロほど。
「会いたいときになるべく会えるように」と、お互いが一人暮らしを始めようとしたときに、同じ駅で物件を探したはずなのに、なぜこんなにも会っていなかったのか。
学生以来、久しぶりの全力疾走。幸弘の息が上がっていく。
ハア、ハア、と肩で息をしながら、杏奈の住むマンションの入口へとたどり着いた幸弘は、一旦気持ちを落ち着かせるため大きく深呼吸をした。
杏奈の部屋のインターフォンを震える指で鳴らすが、朝早い来訪には眠そうな顔でドアを開けてくれる杏奈の姿はそこにはない。