ビターのちスイート

家を出るわけではないけれど、別れは予定してるなんてことは言えるはずもなく、杏奈は平静を装って本山に返事を返すと、本山はニコッと笑った。

「なーんだ。別れてくれたら俺にチャンスがくるのにー」

嘘か誠か、本山は杏奈に好意を持っているようなことを言ってくる。

店で買い物をする幸弘と会話をする杏奈を目撃した際に、ふたりの関係にも気づいたらしく、それからはこうやって幸弘も絡めてからかってくることもある。

「っていうか、そのエセ爽やか彼氏って何?」

「絶対あの人、腹黒を隠して生きてきてますよね。あれはエセ爽やかに決まってます! そんなの、杏奈さんが一番よくわかってるんじゃないんですか?」

「……まあ、それは完全に否定はできかねる」

「でしょー?」

中々に鋭い本山の指摘に軽くため息をつきながら、杏奈はロッカールームへと足を運んでいく。

「これは、今日の夜からお母さんと旅行に行くから持ってきたの」

「そっか。杏奈さん明日から休み取ってましたね。今日の夜から出発なんですか」

「そ。だから、変な勘繰りは止めてね」

ここで会話は終了、とばかりに杏奈は言いきり、ロッカールームに入ろうとドアノブに手を掛けたときだった。

杏奈の手を、ドアノブごと本山が自分の手で覆ったのだ。

「ちょっと、放してよ」
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